QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

水のように




ロンドン東部のある通りを歩いていると、一人の英国人が話しかけて来たことがあります。
彼はコップに水が注がれている絵を手に、「これが禅ってことだよな?」と。
首を捻って「わからない」としか答えれませんでした。今でもわかりません。


水のように時と状況(入れ物)に合わせて形を変える。
そんな器用には生きられません。
ただ、目の前で起きた事柄を受け止めることは、
未だに不器用ではありますが、年を重ねるごとに
以前よりもうまくやれるようになったとは思います。
その点では水には近づいているのかもしれません。

では、今のこの停滞感はどこからくるのか。
淀みに落ちていても時は流れるので、
まるで自分も流れているかのような錯覚に落ちていたようです。

目の前にあることと向き合ってさえいれば良い。そのようにここ数年考えていました。
間違ってないとは思いますが、ただ“そこ”にいて、受け身で待っていて、
対処することばかりに気を取られて、自分から流れをつくることをしてこなかったのです。
英国より帰国して、2、3年は自ら動いて流れを作ろうとしていましたから、
あの頃のように、何か目的持って動くことが今の自分には必要のようです。

buna

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