QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

知り、理解するということ

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ある対象を理解したい。そう思うのはどんなときだろう。
その対象を大切にしたいから、その対象から学びたいから。
他にもあるかもしれない。

先日、旧友の父親が亡くなり、キリスト教の葬式に初めて参列した。
神父は闘病中の故人を見舞いに行っていたようで、
その闘病と死を迎える苦しみ、辛さを知りながら心で話し、
参列者が心を一つに賛美歌を歌い、棺に献花したあと遺族に励ましの声をかける。
そんな心ある良い式だった。

生まれて初めて父親とちゃんと話すことができたのが、
闘病中の病院だった。もっと話したかった。
その友人が参列者にそう悔しそうに言っていた。

お互いを大して知ることがなくとも、
それが家族であろうと、友人であろうと。
人生には終わりが来る。

確かに、その友人はその父親の言葉からではなく、
背中を見て学んだこともあっただろう。
それだけで十分だったのか、もっと知ることができたのでは。
もっと理解しあえたのでは。
そういう後悔にちかいものを胸に残している。

人生とは魂を磨くことであり、そのために家族や
友人、社会だけでなく、すべてのモノが存在している。
その限りある人生の中で、どれほどそれらと向き合い、
一人一人の魂の光の強さを強くすることができるか、
それがこの世に生きる意味だと信じている。

buna

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