QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

頭の中の世界地図


2008 ロンドンのポートベローにて


何年も働いた仕事を退職したある知人が「夕日なんて何年も見てなかった」と。
信じがたいですが、この国ではそんなこともあるのかもしれません。


頭の中の世界地図

英国に住んでいる頃は、身近にたくさんの人種や宗教、価値観を持った人がいたので、
普通に生活していても“地球に住んでいる”という感覚がありました。
なので、自然と視野が世界へ向きます。例えばどこの国でどんな紛争や問題起きているとか、
どんな技術が普及しはじめたとか。そんなことにです。

日々の生活に追われることもあるけれど、時間があったとしても日本にいると視野が狭まります。
日本というのは、先進国の中でも特種な国で、異空間とも言える文字通り離れ小島です。
その閉塞感が苦しくて、自分は2001年にこの国を捨てるように渡英しました。
その当時その閉塞感の理由はわかりませんでした。ただたた、ここに居てはいけない。
ここに自分の望む人生はない。そういう感覚に支配されてしまったからでした。

海外の生活で、日本の常識が世界の中では非常識だということを知れたことは、
その閉塞感を少し和らげてくれました。もちろん、日本の常識にもたくさん良いものもあります。
それでさえも、外に出なければ気づくことはできませんでした。
幼少期に米国に住んでいた自分でさえそうですから、外に一度も出たことのない人は、
それらを知ることはかなり難しいように思います。
それに加えて、世界各地に友人、知人ができたため、
帰国してからも彼ら彼女とメールやSNSなどで連絡を取ることで、
頭の中の世界地図は辛うじて広さを保つことができています。

視野が狭まるというのは、可能性が減るということでもあり、自縛的になる理由の1つだと思います。
もちろん、海外に物理的に行くことだけが“外”に出ることではなく、
書物や映画などで今いる場所の“外”へ行くことはできます。

そこで必要になってくるのが想像力です。
想像力の欠如が叫ばれてかなり経つような気がしますが、それが人を思いやる心にも繋がるので、
想像力というのは自分たちが思っている以上に大切な力のようです。
なので自分たちのような物作りは、その想像力をかきたてるような作品を世に出すというのが、
1つの使命かもしれません。

buna

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