QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for 2012.3

【Book】『芸術と芸術家』カンディンスキー

kandinsky"Essays uber Kunst and Kunstler"


人類が築きあげた文化のほとんどが、
インタネット上にアップされていると思いがちだけれど、
実際は古本屋で埃をかぶってことの方が多いのかもしれない。
その中でも日本語で書かれたものとなると、更に少ない。

また、書籍でも商業的価値が無ければ、増刷されなくなる。
例え、文化的な価値があったとしても。これは人類の宝の喪失だ。

古本屋の楽しみは、そういう眠る価値のある人類の財産を探す、救うことだ。
そして、この見た目の古さがまるで宝の地図を手に入れたみたいで、胸が躍る。

2年前くらいから、何十年も前の先輩たちが、
何を感じ、考え、また何に気づいたかに興味を持ち始めた。

ただ、評論家が書いたようなものではなく、
芸術家自身が書いたものや、
芸術家に直接取材して書かれたもの。

このカンディンスキーが書いた『芸術と芸術家』-ある抽象画家の思索と記録ー 
もその一つ。1967年に増刷されたもので、言葉が若干古くて難しいのが難点だけれど、
その当時は定価720円、今ではその倍の値段がついているとは言え、
手の届かない値段ではない。

この本にはカンディンスキーが、日々の実験や制作で気づいたことが
書かれている、貴重な本だ。

このブログも、そんな存在になれるよう、
日々、精進します。

buna

震災瓦礫の受け入れについて

scannnnning
year:2011


ここ市川市でも震災瓦礫の受け入れを表明した。
気分の良いものではない。

「同じ日本人じゃないか、“痛み分け”だろ?」

なるほど美しい。

しかし、その前に痛みを感じるべき人たちが感じているのだろうか。
ものには順序がある。

buna

【Rock】Moving Mountains “Lights and Shapes”




Moving Mountains

言葉にならない、胸苦しさを感じる夜もある。
そんなときに、こういう力強く、そして切なくて美しい音が心の奥にまで届く。

やっぱりロックが好きだ。
電子音楽ではこの感覚は得られない。

まだこういうバンドが生まれ、
活動してくれていることが本当に嬉しい。


2005年にニューヨークで結成されたポストハードコアバンド、Moving Mountains。
The Appleseed Castと比べられているが、本人たちはSunny day real Estate、
Engine Down、Cave In、Further Seems Foreverなどから影響を受けていることを認めている。

Moving Mountains オフィシャルサイト
http://www.movmou.com

次の挑戦

desgin by actgram
year:2012 design by actgram


あるレーベルのジャケの入稿を終え、次のジャケに取りかかっている。
今年は引き算ではなく、足し算のデザイン、作品を心がけているので、
どれもこってりしているかもしれない。

今まで避けていたコラージュという手法も積極的に取り入れている。
コラージュは作品にストーリー性を持たせるためには、とても良い方法だ。

また、先日観たタイポグラフィー展も刺激になっていて、
自分のアートワークだけではなく、文字を積極的に組み込んだスタイルを試している。
actgramの石橋君のように“おしゃれな”仕上げはできないけれど。
自分なりに刺激をもらい、アイデアの幅を広げてもらった。

もちろん、与えてもらうだけではなく、
自分もそれらを人に与えられる様な存在でありたいな。

buna

生命あるものはいつまでも残る

913:
year:2006 no:913


10年以上も前、絵を教えて欲しいと言って、
見せてくれたその人の作品が、自分のスタイルを明らかに真似したもので、
少なからずショックを受けた。それは怒りからではなく、
彼が表面的にであっても、真似できてしまったからだった。


アイデアやスタイルを“盗まれた”、“真似された”
と怒っている“アーティスト”が時々いる。

もちろん、盗むのは良くない。
けれど、盗めてしまうものをつくっている自分を責めるべきでは?
そう思わずにはいられないときがある。

また、表現したいことがあり、
他人のスタイルを利用してそれを表現するのと、
その表面的なスタイルだけを真似するのでは、
大きな違いがあるとカンディンスキーは言っている。
後者は犯罪であり、詐欺だとも。

分かりやすい例かわからないけど、表現したいことが、
”ジャクソン・ポロックのようなスタイル”でしか表現できなくてそのスタイルを選ぶのと。
ジャクソン・ポロックのような絵が描きたくて、
そのスタイルを選ぶのとでは、雲泥の差だということだろう。

そして、そういう偽物、犯罪者が多くいる状況で、
カンディンスキーは、

「生命あるものはいつまでも残り、生命のないものが消えてゆくのが運命」

とも言っている。

さて、自分の作品には生命があるのだろうか。

buna

どこで闘うか。




先日友人と行った回転寿し店、
店員が注文したものを何度も忘れるだけでなく、
どれを誰が注文したかを忘れ、毎回「これ頼みました?」と確認してくる。

覚える気がまったく感じられず、覇気もなければ、
完全に彼の中でそういう自分を受け止めてしまっているようにも思えた。
プロ意識が全くないのだ。
当然、寿司も新鮮さがなく残念な味だった。

身近にそういう人がいると、苛ついてしまうけれど、
きっと人は成長しなくても生きて行けるのだろう。
もしくは、彼はアフター5には凄い苦悩し、
自分の才能を磨いているのか知れない。

歳を重ねれば重ねるほど、人は諦めてしまう傾向があるのか。
こう言っている自分も、例えば数字や説明書を読むのが苦手だし、
不得意なことが山ほどある。

それらの多くは克服できる気がしないし、
正直諦めている。

さて、これから兄の結婚パーティーの招待状の挨拶文を考える。
兄貴が見事に投げ出したのだった。

まぁ、仕方ない。

buna

すぐそこに

bury
year: 2008 Place: bury. UK


近所に住む、友人のフォトグラファー、山下弘毅に誘われ、フットサルを始めた。
笑ってしまうほどに身体も動かず、体力も落ちていた。
ただ、久々の筋肉痛がやけに嬉しかったりする。健康管理のためにもこれは続けていきたい。


春は、もうすぐ

冬を越えようと葉を落とす木々。
彼らは生きていく上で、最も大切なものを知っている。

冬が大切なものを知るための期間だとしても、
毎年毎年冬になると、意識が内にばかり向かってしまうことに
うんざりしている。もっとバランス良くいかないものだろうか。と。

せめて、このくすぶった冬を無駄にしないように、1歩でも前に進みたい。
待ちに待った春は、もうすぐだ。

buna

311

centrepeace
year: 2011


一年前の今日、仕事の打ち合わせから帰宅し、その30分後だった。
すぐに家を飛び出すと、隣に住む父親もサンダルをひっかけて出て来た。
巨大な船の甲板の上、大きな波に揺れているようだった。
ガタガタと揺れる二つの家を眺めながら、
「新しく建てたばかりなのになぁ」と潔く諦めモード。
父らしい反応だった。

駐車場に停めてある親の車が前後に激しく揺れ、急いで父親と二人で車を抑えた。
実はうっかり父親がサイドブレーキをかけ忘れていたのだった。
今では笑い話になっている。

母親は近所の英会話教室に行っていて、安否が確認できなかったけれど、
30分もしないうちに徒歩で元気に戻って来た。
英会話教室では用意してあったヘルメットをかぶらされたとか。
かぶり物の好きな母なので、不本意なかぶりものだっただろう。

少し離れたところに住んでいる兄は、ツイッターか何かで比較的早く
安否が確認でき、家族が心配だったのか、
動揺しただけなのか、すぐに実家に車で来た。

盛岡に住むもう一人の兄家族とは連絡がとれなかった。
特に盛岡での被害が報告されていなかったから、大丈夫だろうと話していた。
確か二日後か三日後に要約連絡が取れた。
兄の子供たちは恐怖で一人ではトイレに行けなくなった。

続く余震と津波の映像。爆発するコンビナート。
枝野官房長官の会見映像。ものすごい勢いでツイッターが更新された。
混乱と不安。何をして良いかわからなかった。

栃木に住む親戚にも連絡がとれず、
都内で働く親戚は帰宅困難者になり、車で迎えに行こうとしたけれど、
酷い渋滞が起きていることを知り、諦めた。

友人の中には数日間連絡が取れない人もいて、祈るばかりだった。
連絡が取れたときの嬉しさ、安堵感はどう言葉で表現して良いかわからない。

東北の人たちに比べれば、大したことはない。
誰も怪我することもなく、誰も亡くなることもなかった。
ただ、自分たちが思っている以上に、精神的ショックを受けていて、
それは未だに癒されることもなく、重くのしかかっている。

津波や原発周辺の人たちの悲しみ、苦しみ、悔しさは、
これ以上でもあり、想像以上だ。
これは風化させてはいけないし、
ここから多く学び、心や考えを改めなければならない。

2011年3月13日に書いたブログは以下
http://ameblo.jp/subsist/entry-10829179616.html

buna

後ろめたさに

good days
photo:Michito Goto


東北へ行ってボランティアなどをやっている人たちを観ていると、
どうしても後ろめたさを感じる。自分は何をやっているのだろう。
混乱し、不安がるだけで、何かできたのだろうか。と。


仙台の若林区で被災した友人は、
どちらかというと現実逃避的な作品をつくる芸術家だった。
震災後、その彼がこんなことを言った。

「世の中には現実逃避的なものが多過ぎる。
だから自分がそれをやらなくても良い。
今は目の前にある現実を見つめるような作品がつくりたい」

これは10年以上前から自分が言っていた言葉でもある。
でも、いまだにそんな作品はつくれた気がしていない。

buna

後悔のない選択を

prays

以下は2006年6月21日に書いたブログ(一部修正済)


日本に本格的に帰って来てから、一年半。
自分の生きたい人生はここにはない。そう感じて捨てた母国。
ビザの問題で再びそこに引き戻され、その“白紙”をどう生き抜くか、
それを模索する日々が随分長いこと続いた。

いくつかの仕事を転々とし、一本一本と線を消し、
本当に自分にとって必要なモノは何か? と自問し続けた。
そうやって気づいたことは、今では大切な道しるべになっている。

きっとあれは母国を捨てたのではなく、
くすぶっていた自分自身を捨てたかったのかもしれないと。
今は思うことができる。

そう、今の自分は絶望していない。

以上

“母国を捨てた”と書いているけれど、
友人の中には“逃げた”とからかう人もいる。
そう思う人は、試しに海外へ行ってみれば良い。
そこは戦場であって、心休まる避難場所ではない。
母国で暮らす方が楽だと感じるかもしれない。

結局、どの十字架を背負うかであり、
どこに行こうが、闘わなければならない。
あの頃の生活、人生と向き合い、
海外で生活をするという十字架を、
自分は選んだに過ぎない。

これは今の日本の状況にもあてはまる。
西日本や海外へ避難するのも、
ここに留まるのも、どの十字架を背負うかで、
残念ながら、全ての不安や苦しみから逃れることはできない。

できれば、後悔のない選択をしたいものだ。

buna

【Book】『生かされる知恵』池口恵観




書いていることが偏っているので、
最近なるべく幅広く書くようにしています。


空海の再来

最近はテレビでも取り上げられることがある、
“空海の再来”と言われている池口恵観さん。

この方の本を初めて手に取ったのは、
2008年頃だったかな。
自分の人生感を大きく変えた重要な本なので、
その瞬間を今でも忘れない。

あれから池口さんの本を何十冊か読んだ。
バルセロナに滞在しているときにも、
移動中の電車や飛行機でも、
何度も何度も繰り返し夢中で読んだ。

だいたい、何かに迷ったりしたときに、
必ずこの方の本を読む。
そして救われ、勇気をもらい、生き方を取り戻している。

宗教を語ると、拒絶する人も多いけれど、
何度も言う様に、自分は“神”を信じていない。
ただ、人間の心の奥深さを信じているだけ。

先日読み終えたのは2002年に発行された『生かされる知恵』、
この本もまた、あと何度も読み返すことになるだろう。

buna

以前に池口恵観さんについて書いたブログ↓
http://ameblo.jp/subsist/entry-10137070455.html
http://ameblo.jp/subsist/entry-10151874681.html

【映画】ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

Extremely Loud and Incredibly Close
(129min/2011/米国)


自分の考えを言葉でも表現できるようになりたくて、
ひょんなことから編集者になって、言葉と向き合い、
英国に渡って更に言語に興味が出た。
不自由な英語もさることながら、母国語さえ正しく使えないことに危機感を感じ、
こうやって何年もブログを書いて、その訓練をしている。


【映画】ものすごくうるさくて、ありえないほど近い


トム・ハンクスが出演する映画は滅多にハズレがない。
『グリーンマイル』(1999年/米国)で大泣きして以来(実は涙もろい)、
そういう信頼を彼には置いている。
今回も彼はその信頼を裏切らなかった。

9・11で最愛の父を亡くした少年オスカーは、
クローゼットの壷の中から1本の鍵を見つけ、
それが父親からのメッセージだと信じ、
その鍵穴を探すために、ニューヨークの街へ飛び出していくというストーリー。

大事な人を亡くした人間が、その喪失感と悲しみをどうやって乗り越えるか。
そのヒントがこの映画にはある。

(しかし、この映画を観たからと言って、
その痛みから救われるほど実際は簡単ではない)

その受け入れがたい事実に混乱し、悲しみもがく姿をうまく表現したのは、
主人公のオスカーを演じた、映画初出演のトーマス・ホーン。
彼の演技力は、初めての演技とは思えないほど、心に痛いほど迫るものがあり、
今日本で話題の子役とは比べ物にはならない。

印象に残ったセリフは、
『あるとき恐怖と向き合い、それを乗り越えて進まなければならない』

さよなら、さよなら、さよなら(淀川長治風)

公式サイトは以下
http://html5.warnerbros.com/jp/elic/

buna

should I stay or should i go

earthquakes


3月11日の震災一周年を迎えるにあたり、
テレビでは震災関係のドキュメンタリー、ドラマがいくつもやっている。
自分が住む地域は、東北の被害に比べれば軽いものではあるけれど、
大きな爪痕を心に残しているので、
そういったものを目頭を熱くさせずに観ることができない。

連絡の取れない家族、友人の安否。
県内のコンビナートの炎上、原発事故、続く余震の不安など、
まさに悪夢をみているかのようだった。

皮肉にも家族や友人、隣人との絆を強く感じ、
その有り難さを再確認する機会になった。

約一年が経ち、放射能やいつ起きてもおかしくない、
次の巨大地震の不安がある。

ここから避難するという選択肢もあるけれど、
その絆を確認した家族や友人を置いて、
ここを離れることがとても難しい。

逆に、友人や家族が避難を決めた場合は、
避難できるのであれば、避難した方が良いとは思っている。
こんな難しい心境にいる人は、
少なくないだろう。

buna

人生は彫刻のようなもの




人生はそりゃ楽しい方が良い。
でも、実際は楽しいことばかりじゃなく、
苦しいことの方が多い。

むしろ、苦こそ人生だと思っている。

人生は彫刻のようなもので、
彫刻家が石や木をノミなどで削って作品をつくるように、
自分はその削られる痛みを耐え、
つくりあげてこそ、この人生に意味があると考えている。

勘違いされたくないのは、
楽しむことが悪ということではなく、
楽しむために生きている。
とは言えないということ。

だから、目の前にある苦しみを、
受け止め、それを自分を磨くチャンスにして、
精進していきたい。

buna

情熱




先週末は、展示会のオープニングパーティーに毎日顔を出す、
珍しくそんなアクティブな週末を過ごした。

それぞれの感想は別の機会にするとして、
全てを通して思うことは一つ。

自分には、彼らのような情熱があるか?

だった。

悔しいことに、今のところそれがどうにも見当たらない。

buna

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