QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘Art’ Category

いよいよ大詰め

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海外で頑張っている日本人のサッカー選手が増えてきています。
彼ら、彼女の姿を見ると、ウダウダしてちゃいけない。
そういつも思わせてくれます。

展示会の準備中

LAで開催される展示会に向けての制作も。いよいよ大詰めです。
自分を必要以上に追い詰めがちですが、
今は制作以外にやらないといけないことが多々あり、
正直、もうちょっと集中したいくらいです。

展示会には、実際に顔を出せないので、
自分の作品がどのように受け止められるか。
それを肌で感じられないのは、少し残念です。

先日ある友人が、
「40歳になるまで、大きな変化がなかったのだから、これからもないぞ」
と絶望的な言葉を口にしました。

それでも、僕は人生を変え続けるつもりで、
虚無感に負けず、生きていかなければ。
そう自分に言い聞かせる毎日です。

buna

        

痛みと強度

Future Cities: Utopia/ Dystopia

#futurecities #utopia #dystopia #printmaking #watercolour #Chineseink #cityscapes

Damion McClung-Oakesさん(@damionmcclungoakes)が投稿した写真 –




最近凄く驚いたのは、マンチェスターの友人がINSTAGRAMを始めたことだ。
超がつくほどアナログな人で、数年前まで仕事場以外で滅多にネットを使わなかった。

今まで、奥さんと二人で制作して彼は、一人で制作をしている。
ここ数年は奥さんが制作意欲を失ってしまったのだ。
制作意欲を失うことはよくあることで、僕は楽観的に受け止めている。
ただ、彼は二人で制作する時間を無くしたことに、
僕には想像できない喪失感を抱えているようだった。

人の悲しみの深さは、想像しようと思っても。他人には想像できない時が多々ある。
特に彼らが一緒に暮らしていた猫の死も重なっていて、
ペット(メダカ以外)を飼ったことがない僕には、その悲しみを想像するのはさらに難しい。

ただ、最近の彼の作品を観ると、その悲しみの深さと強度が迫ってくるようで、
それが作品の強さにもなっている。
皮肉なもので、こういう痛みが作品に強度を与えることはよくある。
ただ、勘違いして欲しくないのは、強度を与えるのは強い感動であり、
痛みや悲しみというのは、その感動の一つでしかないということ。
そこを勘違いして、痛みを自ら求めて自滅しないで欲しい。

その友人が心配だけれど。
アーティストとして生きるということは、
もちろん全員ではないけど、
痛みに耐えながらも、自分と向き合い、
ギリギリのラインでバランスを保つ、
そんなマインドゲームに勝たなければならない。

そして、彼のこのシリーズ、僕の作品の影響もあるらしく、
これを見て、さらに僕が影響を受ける。
かもしれない。

buna

準備完了

bunaさん(@buna)が投稿した写真




習字のときに使うフェルト生地の下敷き、
絵を描くときはあれの大きなサイズを使用しています。
購入してから一度も洗ってなかったので、
気分を一新するために洗濯したのです。

知らなかったのですが、
フェルト生地はドライクリーニングしないといけないのですね。
ヘロヘロになってしまい、使い物にならなくなってしまいました。
安いものではないので、これは痛手でした。

仕方ないので、新年を迎えて購入しました。
赤にしたのは、元気が出るのと墨で汚れている部分がわかりやすからです。
以前は紺色のを使用していたのですが、汚れている部分がわからず、
和紙を敷いた途端に墨に染まっていく。なんてことがあったのです。

アトリエの場所も、10代の頃に絵を描いていた場所に移して、
南東から北西の方角を向いて描くことに。これ気分変わるのです。

これで準備はできました。

buna

夢中になること

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珍しく(初めて?)父親と呑みに行った帰り、
途中下車して丸の内へ。
趣味で写真を撮っている父の撮影のつきあいでした。

最近は僕よりも父の方が展示会に出展するなど、
活動的です。写真教室などにも通い、勉強もしています。
なのに「夢中になれることがない」
などと言っているので、可笑しいです。

夢中になっている時って、
そういうものなんでしょうかね。
そう言う僕も、今は夢中になれることが無いです(笑
これは血ですね。

buna

まずは気楽に

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今月に入ってから、
10代の頃にずっと絵を描いていた部屋に、
アトリエを移した。
あの頃は、描かずにいられない。
そういう衝動があり、ご飯を食べるのも忘れて夢中で描いていた。
10代特有の不安定さ、ナイーブさ故の狂気だった。

絵を描く場所を変えた影響からか、
ここ数日、少しずつだけど絵も描き始めている。
しばらく墨を使いたくないので、
まずはペンで気楽に。

buna

危ういライン

bunaさん(@buna)が投稿した写真



早いもので、もう10月になろうとしています。今年もあと2カ月。
このままだと今年も空回りした一年になりそうです。

危ういライン

感覚は鋭くなっているように感じる一方で、
何か大きなものを無くしてしまったような、
喪失感があります。それは情熱なのかもしれません。

また、日本を代表する芸術家の一人、横尾忠則さんがある対談で、
「もっと狂いたい」と発言しています。
芸術家にとって、狂気というのは、大きなテーマなのです。
例えば、ひらめきも一種の狂気で。感動もそうかもしれません。
今の僕は、狂うことから遠ざかっています。
遠ざけていると言ってもいいかもしれません。

これは本当に危ういラインで、脱社会することにもなるし、
下手すると精神が崩壊します。
芸術に命をかけるというのは、そういうことのようです。
その道を歩む覚悟があるのか。
それを自問する時期なのかもしれません。

buna

戦雲 – War Cloud –




来月の展示会の準備も進み、
そろそろここでも告知、紹介などさせて戴きます。
文章関係は僕が担当しています。
ここを読んで頂けている方はご存知の通り、
軽い感じではないので、
その点を他のスタッフに注意されております(苦笑



war cloud(2015)

「反戦」というメッセージは、
戦後生まれの僕たちには現実味のないものでした。
どうやら平和な時代を生きて来たようです。


しかし、
僕のような芸術家が、
それをテーマに絵を描かざるおえない。
そんな時代が、
まさか僕が生きている間に来ようとは
予想もしていませんでした。


以上、個展で展示した際に、
この絵に添えたキャプションです。

僕らが生きる時代は、グローバル化した経済が複雑に関係しあっています。
なので、戦争がお互いの国益にはならないということ理由に、
国家間の大きな戦争は起きない。そう考えている人もいるようです。

では、今起きている戦争の原因はどこにあり、誰が得をするのか。
ロシアとウクライナの国境で何故に戦争が起きているのか。
何がテロリストたちをあそこまで駆り立てているのか。
そこにも目を向けていかなければいけません。

buna

感謝

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千葉からわざわざオープニングに来てくれた友人たち、浜松城にて


浜松での個展が終わり、そろそろ作品が手元に戻ってくる頃です。
“売れ残った作品”と言うのは、いくら「作品を大切にしない」
と言われる僕にも気が引けます。

また、個展をやった場合、きっと作品は手元に戻って来ない方が、
いわゆる“成功”ということなんでしょうが。
何点か購入して頂けたということだけで、僕には十分です。

日本では「売れなくて当たり前」そう思ってしまっていますから。
だからこそ、今回買って頂けたことは、本当に嬉しいというか、
助かります。画材代もばかにできませんからね。
本当にありがとうございました。

buna

個展をやるということ




浜松での個展、初日はギャラリーが宣伝してくれたおかげで、
予想以上の方々に来て頂くことができました。
トークセッションは、マイクの持ち方がよくわからず、
あの時ばかりはカラオケ嫌いだったことを少し後悔しました。

それは冗談として、人前で話すのがまだ慣れません。
こればかりは経験を積むしかないのかもしれません。
あらためて、売れっ子の友人がトークセッションで、
しっかりと話していたことの凄さがわかりました。

個展をやるということ

まだ終わっていませんが、個展をやって良かったと思うのは、
自分の作品をどう人に見てもらうか。
どう楽しんでもらうか。
これらに向き合えたことです。

その結果、芸術家としてどういう方向性で進んでいくのか。
そのビジョンが以前よりもクリアになりました。
そして、新たな出会いはいつも、
何かアクションを起こしたことの結果としてやってきます。

buna

その答えを




個展まで残り2週間ちょっとでしょうか。
あと4、5日したら作品の額装の手配です。
そんな時期に新たに試したいスタイルが出てきてしまいました。
重厚感や深みのある成熟した表現。そこに到達する道なのか、
それとも行き止まりか。
こればかりは行ってみないとわかりません。


その答えを

今回の展示会の題名は『Waga』にしました。
「和画」でもあり「我が」でもあります。

現代に生きる人間、日本人としてどう生きるべきか?
そして、芸術家として何を表現していくか。
それを考え、見つける過程で生まれた作品を展示します。

コンセプト、色々考えたのですが、
結局すごくシンプルでした(笑

buna

『芸術と脳科学の対話ーバルテュスとゼキによる本質的なものの探求ー』

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年賀状を昨日やっと投函。
返事を書き忘れている相手の顔が、既に何人か浮かんでいます。
きっとここを読んでくれているので、ここで謝ります。ごめんなさい。
来年は出します。元日に着くように送ります。


『芸術と脳科学の対話ーバルテュスとゼキによる本質的なものの探求ー』

この本を読んだのは2度目。
芸術家と脳科学者の対話が書かれたものです。
瞬間的に重なることはあるけれど、
基本的に彼らの会話は平行を保って進みます。
二人の間には埋められない溝のようなものがあります。

芸術や絵を描く行為を科学的に理解、説明しようとする科学者。
祈りとしての芸術。というスタンスの芸術家。
それを科学で説明されることの違和感。拒絶。
一方で、答えから対話を始めようとする科学者。
答えよりも、過程での発見、成長を重要視する芸術家。

この二人の意見のやり取りを読んでいると、
人間が本心で語るというのは、こういうことなのかもしれない。
そんな風に思います。本心を話せば実際は衝突するのに、
相手に合わせたりして、それを避ける。
僕も含めて日本人はそうしがちではないでしょうか。
こういうやりとりによって、僕らは言語コミュニケーションと
思考を研ぎ澄ませていかせるはずなのに、なんとなく、
なぁなあにしてしまう。

それは置いておいて。少し内容に触れると、
人間は曖昧さに、想像を膨らませて不安になったり、
興奮したり悩んだりするそうです。
曖昧さに心を揺さぶられると言っても良いのかもしれません。
だとしたら、映画や絵、音楽でも。どこかに曖昧さを残しておくことで、
観た人は想像を膨らませて楽しむことができる。
ということのようです。興味深いです。

曖昧で抽象的なことばかり言っている人との会話、
あれが疲れるのは、これが原因かもしれません。

buna

書きたいことはあるけれど




壁画、描き始めました。いきなり苦戦しています。
全て自分の経験不足が原因です。
そんな中、気がついたらもうチャンマイ滞在も中日です。
あと3日しかないので、少し焦りはじめています。
でも、それくらい丁度良いのだと思います。少し焦るくらいで。


書きたいことはあるけれど

それは後日にして、退屈な内容ですが、
今日までのざっとした流れ。

9月29日
28日の夜23時45分に羽田を出発し、朝6時にクアラルンプール空港に到着。
そこから8時間の乗り継ぎ待ち。結局チェンマイについたのは夕方の5時。
迎えが来ず1時間30分、不安とともに空港で更に待つ。
18時間以上の移動という、想像以上に長いものに。
到着した29日は食事に行くのがやっと。

9月30日
壁画を始める前に、チェンマイにある程度自分を馴染ませたかったので観光を。
山の上にある寺へ。壁画を描くホテル、KAZZOへ行き、
大工のリーダーさんに背景の壁の色の指定。
夜は他のアーティストなどと食事、そして呑み。

10月1日
画材の買い出し。夜2時間ほど壁画を描く。
その後は他のアーティストなどと食事、そして呑み。

10月2日
昼はシンガポール人のアーティストを空港まで見送り、そのあと作業中に聴くスピーカー探し。
結局、セブンイレブンで販売されているものを購入、意外とそれが十分だったという。。
夜2時間ほど壁画を(差し入れの酒を呑みながら)描く。

というように、普段あまり呑まないのに、毎日“呑まされて”います。
今日は肝臓を休ませたいのですが、今晩は前回お世話になったWayがバンコクから来るので、
深酒は避けられなそうです。

buna

いざ、チェンマイへ


Chiang Mai Aug/2014


明日の夜、チェンマイへと発ちます。荷造りはもう少しで終わりそうです。
あとはタイの仲間たちにお土産を買うだけです。
一方、壁画の準備は、二十年ぶりくらいに使うアクリル絵の具に慣れることと、
構図の構想はギリギリまで続けると思います。ある程度の質の絵は描けると思いますが、
目指すところはそこではないので、そこが痛みの伴うところです。

裏方として行った前回とは違い、今回は一人のアーティストとして行くので、
やはり緊張感は桁違いです。こういう経験を経験する重ねると人は、精神的に逞しくなり、
成長するのだと思います。文字通り、壁と向き合う10日になりそうです。
もちろん、制作以外にも、前回ほとんできなかった観光なども楽しんで来ます。

ブログは向こうでもできるだけ更新するようにしますので、
こっそり楽しみにして頂けたら嬉しいです。あくまでもこっそり。

buna

【News】Bakradze “Letter”




アートワークを担当させて頂いている、
ロンドンを拠点とするレーベルのThe Crescentの新譜が届きました。
日本国内でもそろそろ入荷されるかと思います。

今までのこのレーベルのリリースの中では、埃っぽいハウスよりの内容になっていて、
CaribouやFour Tetのスタイルをを進化させた。と評価されています。
以下で試聴できますので、時間のあるときにでも。


Read full review of Letter / The Silence Between Me & You Has Never Had Meaning / Kiss Me Again – Bakradze on Boomkat.com ©

存在すべき場所へ

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先月29日にタイより戻りました。感じること、考えさせられることがたくさんあったので、
あちらにいる間に更新をしたかったのですが、なかなか時間がつくれませんでした。
帰国してからもばたついているので、あまり休む時間もなく動き続けています。
今は温泉にゆっくり浸かりたいですが、そんなことも言ってられません。


存在すべき場所へ

バンコクで開催されている浅利さんの展示会は、
準備段階で作品が売れて行くという、驚くことが起きました。
そして、個展が始まってからも、カジュアルにギャラリーに来た人が、
気軽に作品を購入していくのを何度も目の当たりにしました。
その事実を受け止めるには少し時間が必要で、
まるで夢か、映画でも観ているかのような感覚でした。

今まで展示会で自分の作品が売れることはありましたが、
滅多にあることではありません。それがバンコクでは違います。
現在、タイの経済はプチバブルなので、このようなことが起きるようです。
日本がバブルのときもこういう状況だったようですが、
バブル崩壊後に活動を始めた自分たちの世代は、それを知りません。
行くべき場所に行けば、「芸術作品は売れる」
それを知っているか知らないかは、かなり大きいです。

やはり、視野は広く持たないとですね。成長は知ることから。
続きはまた後日。

buna

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