QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

作為と無意識の間




将来の目標や夢が持ちにくく、ただ“今”を生きることしかできない。
そんな風に感じている人が少なくないようです。
311後、特に今日、明日何が起きるかわからない。
愛着のある土地から別の場所に移動(避難)しなければならなくなるかも。
東北や関東に住む人間には、意識的に無意識的にもそんな不安があるように感じています。
そうなると、長いスパーンでの計画というのが立てにくいのは理解できます。
実際自分には夢も将来の計画もありません。ただ今目の前にあるもの、問題、課題に向き合い、
自分を高めたり、深化できるように意識するのが精一杯です。


意識と無意識の間

自分の描いた絵をみて、エネルギーのようなものが目的なく、
放電されているような気がすることがあります。
目的を持ってそれを1つのに集中させる時期が来たのかも知れません。
これは日常生活にも言えて、色々なことを経験し、挑戦することも大切ですが、
そろそろ、できるだけ1つとは言わなくても、もう少し絞っていかなければいけないのでは?
そんな疑問があります。絵はいつもこうやって、今の自分がどんな状況か教えてくれます。

今回アップした絵は具象を描くという大雑把な目的を持って描いたものです。
まずはベッドにある枕を描いて、その後、無意識に線を描いていたら、人の形に見えてきたので、
人にしただけです。最初から人物を描こうと考えていたわけではありません。

今まで“作為(意識)”をできるだけ持たないようにしていました。
それがあることで不自由になり、うまく描けなかったからでした。
それは“作為(意識)”自体がいけないのか。それともその作為(意識)に技術がついていかず、
うまくいかないのか。今の自分にはまだわかりません。

作為(意識)を持たないというのは、以前に描いたように“無意識”な状態に自分をもっていくためには
必要なことです。無意識で描いたものや言動には人間の意識の深いところに
蓄積されたものが表出されるようです。もしくは、第6感のようなものが働き、
予知力、感知力が強まり、ある意味で超能力を持つことができるのかもしれません。

しばらく、具象や半抽象的なものを描くことを続けてみようと思っています。
きっと無意識と意識の間を行ったり来たり自由にできるようになることが、
次のレベルに達するためには必要で、それを身につけることが今の自分の
課題と考えています。

buna

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