QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

七夕の短冊

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梅雨が始まってしまったと、ジメジメした日々がしばらく続くのか。と。
テンションが少し下がっていたのもつかの間、まさかの梅雨明け宣言。
30度を超える夏日が目の前に。暑いのは苦手です。
でも、自分が一番クリエイティヴになれる季節でもあります。


七夕の短冊

日本社会の生きづらさを感じ続けながら、
そこに留まらなければいけない、今の状況をどう受け止めるか。
「あの時よりマシじゃないか」「あれよりマシじゃないか」
と言い聞かせて。毎日こうやって愚痴をこぼしてやり過ごすのか。

人生の中間地点を過ぎているのだろうに。
まだ僕はこんなところでくすぶっている。

「諦めることだ」とある人は言うけれど。
ここ数年は諦めの連続とも言えるし、
選択肢を絞ってきたと。前向きに聞こえる言い方もできる。

退廃的な灰色の心象風景に、どう色を足して、
花を咲かせるか。
またあの言葉が僕の頭に居座る。
「もっと光を」

英国の曇り空を思い出す。
雲の隙間に太陽が現れて、その眩しさに目を背けた。
石の下に生息する虫の気持ちがわかった瞬間だった。
僕のように光の中に身を置くことを得意としない人もいる。
そんな僕は、七夕の短冊に書くことが思いつかない。

buna

もっと光を!

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ディスクユニオンが無くなり、画材広場が縮小されたユザワヤ。こんな街にはもう用はない。



以前から気付いていたけれど、明るいモノ、楽しいモノ。
そういうものが求められているらしい。

ある友人が「テレビはいつも笑っている」と言っていたけれど。
特にCMの笑顔率は、脅迫的だ。

例外なく、今僕が置かれている環境では、“明るいもの”を求められる。
そんなにこの世は笑顔で溢れているのか? と問いたくなるけれど。
僕が今、デザイナーとして求められているのは、表現でもアートでもない。
そこを割り切る必要がある。きっと作品を作れていたら、
もう少しバランスがとれるような気がする。

「もっと光を!(Mehr Licht!)」がドイツの詩人、ゲーテの最後の言葉だと言われている。
明るいモノを求められた時、ゲーテのために。と頑張ってみようと思う。
自分の美学に反することを求められたら、これはダダイズムだと自分に言い聞かせようと思う。

疲れてしまって、文章がまとまらなそうなので、
今日はこの辺で。電気を消して寝よう。

buna

とうとう梅雨入り

For friend wedding party.

結婚パーティーのウエルカムボードを作らせていただいた。
普段、ハッピーなものなど作らない(作れない)僕には、
悩ましいお題でした。結果はご覧の通り、ハッピーなものには仕上がっておらず、
いつものスタイルに逃げてしまいました。
でも、彼らの結婚を祝う心は込めてあるので良しとします。

とうとう梅雨入り

この湿気は不愉快だけれど、墨の伸びが良くなる季節でもある。
制作の時間と体力の確保。
これが今の課題。
40代で制作を続けていく難しさを感じている。
まだまだこれからだ。

buna

ジェネレーションギャップを超えて

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最近、コミュニケーション能力の欠如を
疑ってしまう人と出会うことが多い。
僕の言葉が相手に届いた時、全く違うモノに化けて
襲いかかってきたり、巨大な壁がそびえ立ったりする。
ただ、僕自身も苦手な人や、興味のない人も多いので、
誰かに「コミュニケーション能力が〜」と言われている可能性がある。



ジェネレーションギャップを超えて

日々、10代と20代前半の側にいて、
自分たちの世代の感覚とはかなり違うモノを持っているのだろう。
そういう先入観を持って接してしまっている。

僕自身が20歳上の方々、60代と接する時のことを考えると、
それはかなりズレがあるように感じているからだ。
10歳上のバブル世代(最近評判が悪い)とすら、
理解しあうことが難しく感じることが多い。

だから逆に僕が10〜20歳下の人と接する時、
少し構えてしまっているのかもしれない。

年齢差関係なく、人とわかり合うのは難しい。

buna

6月

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年が明けてから、もう半年になろうとしている。
今は安定した日々を過ごしている。
組織の中で働いていると、思い出すのが、
「お前は誰かの下で働くタイプの人間ではない」
とある上司たちに言われた言葉だ。
別の時期に、別の人に。

あれはどういう意味だったのか。
いまだにわからない。

今、僕が働いているのは、教育機関で。
全く予想もしていなかった環境だ。
人生、何が起きるかわからない。
というか、そういう変化を僕が求めてきた。

残業が少ないということで、選んだのだけれど、
実際はほぼ毎日残業しなければならず、
少し困っている。

絵はいつ描きはじめるんだ?
と自分に問い続けている。

buna

まだ消化できていない言葉




GWも明日で終わる。結局行ったところと言えば、都内と実家だけだった。
あとは読書と映画と音楽。そして友達と会う。といういつもの過ごし方だ。
ただ、今までと違うのは、この先の旅行を計画し始めたことだ。
これは大きな変化だ。少し余裕ができたからこその。人生の楽しみ方。

「自分を飼いならせ」

この連休中の会話で耳にした、
まだ消化できていない言葉。

「飼われる」って、どういうことだろう。

野良犬は、自分の食べ物と寝床を自分で確保しなくてはいけない。
飼い犬は、それがある程度保障されている。
そして、大きな違いは、自由があるかないかだ。

生きていくために、衣食住の確保のために、
自分の感情や意思をコントロールしろ。
ということか。

SIONの「はやく慣れることさ」が頭の中に流れている。

buna

自由

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YAMA PIZZA in 市川駅



今週末は、予定では友人の車で浜松へ行っているはずだった。
久々の旅行を楽しみにしていたけれど、所用のため諦めることになってしまった。
というわけで、GWの予定は皆無になり、
初日の今日は、1日中マンチェスターを舞台にした英国ドラマ『FRESH MEAT』を
延々と見続けてしまった。


“〜らしく”、この言葉を聞くと息苦しく感じるのは僕だけだろうか。
“社会人らしく”、“男らしく”、“大人らしく”などなど。
これは、人を型にはめようとする危険な言葉だ。

“自分らしく”と言う場合も、自分を自分という型にはめようとしていることになる。
自分が思っている“自分”なんていうものは、輪郭がボヤついていてあてにならない。
それにそこに甘えが含まれていて、言い訳として使われていることもよくある。

でも、“人間らしく”に関しては悪い気がしないから不思議だ。
「人間」の定義がたとえ曖昧であっても。

さて、この型にハメようとする勢力と、どう付き合うか。
ブレないという評価をもらっているけれど、柔軟性も大事だ。
また、自分が自由を大事にしていることを、再確認している。

buna

当たり前と言えば当たり前なこと

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人に喜ばれるもの、求められているものが何か

新しい職場ではWebの運営を任されていることもあり、
Webサイトのアクセス数を増やすコツを教えてくれるという、
セミナーなるものに、生まれて初めて参加することになった。

大まかにまとめると、人に喜ばれるもの、求められているものが何か。
それを考えて運営するのがコツだとか。
当たり前と言えば当たり前なことだ。

“人のために何ができるか?” 
“自分が何をしたいか?”
この二つの問いの答えが共通している人は強いのだろう。

僕の答えは、「わからない」だ。

buna

アノミーからの脱出

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このブログに埋め込んだ、INSTAGRAMの写真が表示されない不具合が解決していない。
これを期に、サイトとブログのリニューアルを真剣に考え始めている。
今のサイトは更新が素人では難しいし、ブログの表示の仕方も、webマガジン風にある程度、
どんな内容が書かれているのか、わかりやすいようにしたい。



アノミーからの脱出

新しい職場では、次々とデザインを頼まれる環境で、
今までデザイナーとして磨いてきた技を発揮しながら、
同時に成長させてもらえている。

今までデザイナーや編集者、ディレクターなど、
少しばかり広い領域に手を出してきたので、
一つのことをやってきた人には、
各ジャンルでは劣るように感じることがある。

でも、後悔(反省?)はしていない。
40代までは、それでいいんだと思う。
そう信じ続けられるように、50代になる迄に、
次のレベルの結果を出し、自信をつけていきたい。

buna

一番得意とすること

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Megumu Otani live at Nakameguro Solfa, Tokyo.



この2年間、冷蔵庫の無い生活をしていたけれど。
とうとう購入してしまった。なくても暮らせることがわかったから、
余計な買い物をした気もしている。
こうして、人並みの生活を少しずつ取り戻せてきている。
でも、油断をすれば元に戻るのは難しいことではない。



一番得意とすること

ここでの告知ができなかったけれど、先週末は久々にDJをさせてもらった。
“現場”に顔を出すことの大切さを感じ、
また、煮え切らないプレイをしてしまった、悔しさが残る。
機材トラブルがあって準備が不完全だったけれど。結果が全てだ。

DJを表現としてやるのか、サービス業としてやるのか。
ここのスタイルの違いは大きい。僕はどちらかというと、その間のものがやりたい。

そのイベントには友人のMegumu OtaniやPainaも出演していた。
観るたびに彼らは進化していて、嬉しさと悔しさ、そして焦りを感じる。
でも、そろそろ僕も制作に向き合えるような気が、うっすらとしてきている。
一番得意とすることから、ずいぶん離れてしまった。逃げてしまった。

buna

心の時代

Cherry blossom "Sakura"


気がついたら桜が散ってしまった。大して好きではないけれど。
寒い冬の終わりの知らせとしては、毎年首を長くして待っている。
そして、今年も春が良い知らせを運んできてくれた。
この2年間続いた、長い長い冬の終わりだ。
きっと。今度こそはと。希望を取りもどし始めている。


心の時代

2004年の終わりに帰国してから、
どこにも根をおろすことができなかった。
この国の経済的な落ち込みと同様に、
文化や価値観を僕自身が拒絶していたことが影響しているのだろう。

この場合の“文化”とは、
いわゆる“カワイくて軽い”ポップカルチャーであり、
“価値観”とは「空気を読め。効率を上げろ」というメンタリティだ。

空気を読みすぎて、自分の心と向き合わず、
効率を重視し過ぎて、余裕がなくなり、心を込めることもしなくなる。
そんなことで、僕が思う良い関係がつくれるとは思えなかった。

だから、それ以外の場所を探してきた。
心と強度のある環境を。

今月から僕が挑戦する環境は、
それが実現できる可能性がある。
あとは僕次第だ。

buna

一歩でも前へ




何故かINSTAGRAMから貼り付けた画像が表示されなくなってしまいました。
いろいろいじっていたら、表示も崩れてしまい、泣きっ面に蜂です。
スマホでは見れるのに。プログラミングは弱いので。しばらくそのまま放置してみます。



一歩でも前へ

この一ヶ月は、日々の生活に追われながら、
ここじゃないどこかへ向かうために、
攻防が続いている。

春の訪れとともに、前向きに。
自分を信じながら、一歩でも前へ。
今はそんな感じです。

buna

“針の穴に糸を通す”感覚

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久々にDJのブッキングが来て、
またそれまでは、時間が空けばDJの準備に集中してしまうだろう。
起伏の激しい生活の影響で、
描き始めた絵は、また部屋の隅に追いやられている。


あの頃の恵まれた環境に甘えていた自分を、
タイムスリップして、説教してやりたい。
こっぴどく説教してやりたい。

「“針の穴に糸を通す”感覚で、
次々と目の前に現れる選択肢を選ばなければいけない」
あいつはそう言ってた。

せめて10年後の自分が、
今の自分を説教しに来たがらないように、
なんとかしないと。

buna

陰と陽

bunaさん(@bunaism)がシェアした投稿



泥沼を歩くような日々。
前に進んでいるような気はするけれど、
何しろ足元が重い。

いい方向に向かうイメージができない。
ダークサイドに堕ちるなと、
自分に言い聞かせる。
これはマインドゲームなんだと。

心理学では、
あるグループ(国、組織など)の中、
それぞれで光と闇の量は決まっているという説がある。
あなたが光を得るためには、
誰かがその分の闇を引き受けなければならない。

例えば、光を背負う教師の子供に、
問題児が多いのも、この陰陽のバランスから来るらしい。

辛いことがあったら、
これは誰かが幸せになるために、
自分が闇を背負ったと。
そう思ってみたら少しは楽になるのだろうか。

「なんで俺ばかり闇を背負わないといけないんだ!?」
今の僕ならそう叫びたくなる。

buna

【Music】竹原ピストル




インスタやツイッター、FACEBOOKから情報を得る時代に、
ブログという媒体の役割は何だろう。
海に石を投げるような行為に意味があるのか。
そんな無力さを感じてしまう。

でも、石でできた波紋は、地球の裏まで届くらしいし、
すでに出会ったことのあるあなたや、まだ出会っていない誰かが、
大切な何かに気がつく、そのきっかけになることもあるんじゃないかと。
そういう浅はかな夢を込めて。

竹原ピストルを聴いて思うこと

電子音楽シーンにいる僕は、
音の良し悪しとか、革新的かどうかとか。
技術的なところを気にしがちだ。

でも、竹原ピストルの歌を聴くと、
ギター1本と声だけでも、
人を惹きつける強度を人間は持ち得ることを思い出させてくれる。

そして、こういう心ある音楽が、
メジャーな、商業ベースな場所で使われていることに、
僕は希望を感じている。

まだまだ、日本は捨てたもんじゃないかもしれない。

buna

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