QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

2018 Summer

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Moto-Yawata,space3416

お盆休みというのに、計画性もなく予定が立てられていないまま残り3日になってしまった。
今のところやったことといえば、本八幡Expose-ONEでラウンジDJをしたことくらい。
この異常な暑さなのだから、一ヶ月くらい休みにしてしまえないのだろうか。




やっと体勢が整ったので、少し先のことを考える余裕ができた。
タイミング良く、活動停止していた音楽の

音楽との出会い方

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先週から、読書をする時間を毎日少しだけでも作るようにしている。
忙しさに疲弊してしまっていることと、この暑さが手伝って、
頭の働きが非常に悪くなっていると感じているからだ。


音楽との出会い方

最近の10代の音楽の聴き方、または出会い方は、
spotifyなどの音楽配信アプリにオススメされた音楽を
つたっていくようにして出会っていくらしい。

それがどこの国のアーティストなのかとか、
そのジャンルの中でどんな存在なのか。
とか、そんなことは情報として入ってこないらしい。
それは、先入観を持たずに平等に音楽を聴いている。
ということでもあり、もしかしたら正しい音楽の聴き方なのかもしれない。

僕らの世代は、必死に少ない情報をかき集めて、
聴かずに買ってよく失敗したものだ。
一方で、そのアーティストやバンドに出会うまでの物語があった。
誰々の家に遊びに行った時に教えてもらったとか。
その曲を聴くたびに思い出す人や風景がある。

でも、今の10代も彼らなりにそういう曲に結びついた記憶があるのだろう。
どのように音楽と出会っていようが、
音楽好きとは、世代が違くても仲良くなりやすくて嬉しい。

ただ、今のところ僕は音楽配信アプリを使う予定はない。
buna

親子散歩

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強引に、半ば無責任に仕事を切り上げて、
東京は清澄白河まで、久々に落語を聞きに行った。
たまには息抜きをしないとやってられない。

父と二人で出かけるのは、いつぶりだっただろう。
会場に早く着いてしまい、二人で深川の街を歩いた。
「じゅん散歩」みたいに歩くか。とお気入りのTV番組の名を出して、
少し嬉しそうだった。歴史が好きな父は、
ところどころに建っている石碑を見ては興味深そうに読んでいた。

同世代の落語は、どちらかというとテンポが早い印象だった。
過去の遺産を引き継ぎ、自分流に、現代風にアレンジする。
まさに「伝統」だ。伝統は「変わらない」ということではない。

イベント後に、父と会場近くの飲み屋に入った。
酔った地元のご老人たちが大声で話していて、正直不快だった。
父は「でも、あんなふうに呑める友人がいたことがない」
と少し寂しそうに言った。

これからは、もっと父親を連れ出してみようと思う。
気がついたら、もう父親は70代中盤だった。

buna

Fugenn & The White Elephants “Nehan Loops”

new artwork for Fugenn & The White Elephants



Autechreを灼熱の中、歩きながら聴くと。
楽しめるどころか、苦行に思える。
やっぱり彼らの音は北国の音だ。
だとしたら、僕らが住む日本の音はどんなだろう。




Fugenn & The White Elephants “Nehan Loops”

久々にアートワークを担当したアルバムがリリースされた。
https://fugennthewhiteelephants.bandcamp.com/album/nehan-loops
この音楽家とは10年以上も前に出会い、千葉県で一緒にイベントを運営したり、
ツアーに行き、彼のデビュー以来、彼のアルバムをいくつもアートワークを担当した。

彼はインディーズシーンで成功を収め、メジャーな舞台に足をかけた頃に、
いつの間にかシーンから消えてしまった。その頃には疎遠になっていたので、
僕に詳しいことはわからない。

僕らのようなものづくりは、ある種の不安定さや危うさを抱えていることが多い。
または狂気とも言える。それらとどう向き合うか。ここが重要になってくる。

今回の彼の復活が、本物であることを、
少しばかり期待している。

buna

七夕の短冊

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梅雨が始まってしまった。ジメジメした日々がしばらく続くのか。と。
テンションが少し下がっていたのもつかの間、まさかの梅雨明け宣言。
30度を超える夏日が目の前に。暑いのは苦手です。
でも、自分が一番クリエイティヴになれる季節でもあります。


七夕の短冊

日本社会の生きづらさを感じ続けながら、
そこに留まらなければいけない、今の状況をどう受け止めるか。
「あの時よりマシじゃないか」「あれよりマシじゃないか」
と言い聞かせてやり過ごすのか。

人生の中間地点を過ぎているのだろうに。
まだ僕はこんなところでくすぶっている。

「諦めることだ」とある人は言うけれど。
ここ数年は諦めの連続とも言えるし、
選択肢を絞ってきたと。前向きに聞こえる言い方もできる。

退廃的な灰色の心象風景に、どう色を足して、
花を咲かせるか。
またあの言葉が僕の頭に居座る。
「もっと光を」

英国の曇り空を思い出す。
雲の隙間に太陽が現れて、その眩しさに目を背けた。
石の下に生息する虫の気持ちがわかった瞬間だった。
僕のように光の中に身を置くことを得意としない人もいる。
そんな僕は、やっぱり七夕の短冊に書くことが思いつかない。

buna

もっと光を!

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ディスクユニオンが無くなり、画材広場が縮小されたユザワヤ。こんな街にはもう用はない。



以前から気付いていたけれど、明るいモノ、楽しいモノ。
そういうものが求められているらしい。

ある友人が「テレビはいつも笑っている」と言っていたけれど。
特にCMの笑顔率は、脅迫的だ。

例外なく、今僕が置かれている環境では、“明るいもの”を求められる。
そんなにこの世は笑顔で溢れているのか? と問いたくなるけれど。
僕が今、デザイナーとして求められているのは、表現でもアートでもない。
そこを割り切る必要がある。きっと作品を作れていたら、
もう少しバランスがとれるような気がする。

「もっと光を!(Mehr Licht!)」がドイツの詩人、ゲーテの最後の言葉だと言われている。
明るいモノを求められた時、ゲーテのために。と頑張ってみようと思う。
自分の美学に反することを求められたら、これはダダイズムだと自分に言い聞かせようと思う。

疲れてしまって、文章がまとまらなそうなので、
今日はこの辺で。電気を消して寝よう。

buna

とうとう梅雨入り

For friend wedding party.

結婚パーティーのウエルカムボードを作らせていただいた。
普段、ハッピーなものなど作らない(作れない)僕には、
悩ましいお題でした。結果はご覧の通り、ハッピーなものには仕上がっておらず、
いつものスタイルに逃げてしまいました。
でも、彼らの結婚を祝う心は込めてあるので良しとします。

とうとう梅雨入り

この湿気は不愉快だけれど、墨の伸びが良くなる季節でもある。
制作の時間と体力の確保。
これが今の課題。
40代で制作を続けていく難しさを感じている。
まだまだこれからだ。

buna

ジェネレーションギャップを超えて

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最近、コミュニケーション能力の欠如を
疑ってしまう人と出会うことが多い。
僕の言葉が相手に届いた時、全く違うモノに化けて
襲いかかってきたり、巨大な壁がそびえ立ったりする。
ただ、僕自身も苦手な人や、興味のない人も多いので、
誰かに「コミュニケーション能力が〜」と言われている可能性がある。



ジェネレーションギャップを超えて

日々、10代と20代前半の側にいて、
自分たちの世代の感覚とはかなり違うモノを持っているのだろう。
そういう先入観を持って接してしまっている。

僕自身が20歳上の方々、60代と接する時のことを考えると、
それはかなりズレがあるように感じているからだ。
10歳上のバブル世代(最近評判が悪い)とすら、
理解しあうことが難しく感じることが多い。

だから逆に僕が10〜20歳下の人と接する時、
少し構えてしまっているのかもしれない。

年齢差関係なく、人とわかり合うのは難しい。

buna

6月

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年が明けてから、もう半年になろうとしている。
今は安定した日々を過ごしている。
組織の中で働いていると、思い出すのが、
「お前は誰かの下で働くタイプの人間ではない」
とある上司たちに言われた言葉だ。
別の時期に、別の人に。

あれはどういう意味だったのか。
いまだにわからない。

今、僕が働いているのは、教育機関で。
全く予想もしていなかった環境だ。
人生、何が起きるかわからない。
というか、そういう変化を僕が求めてきた。

残業が少ないということで、選んだのだけれど、
実際はほぼ毎日残業しなければならず、
少し困っている。

絵はいつ描きはじめるんだ?
と自分に問い続けている。

buna

まだ消化できていない言葉




GWも明日で終わる。結局行ったところと言えば、都内と実家だけだった。
あとは読書と映画と音楽。そして友達と会う。といういつもの過ごし方だ。
ただ、今までと違うのは、この先の旅行を計画し始めたことだ。
これは大きな変化だ。少し余裕ができたからこその。人生の楽しみ方。

「自分を飼いならせ」

この連休中の会話で耳にした、
まだ消化できていない言葉。

「飼われる」って、どういうことだろう。

野良犬は、自分の食べ物と寝床を自分で確保しなくてはいけない。
飼い犬は、それがある程度保障されている。
そして、大きな違いは、自由があるかないかだ。

生きていくために、衣食住の確保のために、
自分の感情や意思をコントロールしろ。
ということか。

SIONの「はやく慣れることさ」が頭の中に流れている。

buna

自由

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YAMA PIZZA in 市川駅



今週末は、予定では友人の車で浜松へ行っているはずだった。
久々の旅行を楽しみにしていたけれど、所用のため諦めることになってしまった。
というわけで、GWの予定は皆無になり、
初日の今日は、1日中マンチェスターを舞台にした英国ドラマ『FRESH MEAT』を
延々と見続けてしまった。


“〜らしく”、この言葉を聞くと息苦しく感じるのは僕だけだろうか。
“社会人らしく”、“男らしく”、“大人らしく”などなど。
これは、人を型にはめようとする危険な言葉だ。

“自分らしく”と言う場合も、自分を自分という型にはめようとしていることになる。
自分が思っている“自分”なんていうものは、輪郭がボヤついていてあてにならない。
それにそこに甘えが含まれていて、言い訳として使われていることもよくある。

でも、“人間らしく”に関しては悪い気がしないから不思議だ。
「人間」の定義がたとえ曖昧であっても。

さて、この型にハメようとする勢力と、どう付き合うか。
ブレないという評価をもらっているけれど、柔軟性も大事だ。
また、自分が自由を大事にしていることを、再確認している。

buna

当たり前と言えば当たり前なこと

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人に喜ばれるもの、求められているものが何か

新しい職場ではWebの運営を任されていることもあり、
Webサイトのアクセス数を増やすコツを教えてくれるという、
セミナーなるものに、生まれて初めて参加することになった。

大まかにまとめると、人に喜ばれるもの、求められているものが何か。
それを考えて運営するのがコツだとか。
当たり前と言えば当たり前なことだ。

“人のために何ができるか?” 
“自分が何をしたいか?”
この二つの問いの答えが共通している人は強いのだろう。

僕の答えは、「わからない」だ。

buna

アノミーからの脱出

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このブログに埋め込んだ、INSTAGRAMの写真が表示されない不具合が解決していない。
これを期に、サイトとブログのリニューアルを真剣に考え始めている。
今のサイトは更新が素人では難しいし、ブログの表示の仕方も、webマガジン風にある程度、
どんな内容が書かれているのか、わかりやすいようにしたい。



アノミーからの脱出

新しい職場では、次々とデザインを頼まれる環境で、
今までデザイナーとして磨いてきた技を発揮しながら、
同時に成長させてもらえている。

今までデザイナーや編集者、ディレクターなど、
少しばかり広い領域に手を出してきたので、
一つのことをやってきた人には、
各ジャンルでは劣るように感じることがある。

でも、後悔(反省?)はしていない。
40代までは、それでいいんだと思う。
そう信じ続けられるように、50代になる迄に、
次のレベルの結果を出し、自信をつけていきたい。

buna

一番得意とすること

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Megumu Otani live at Nakameguro Solfa, Tokyo.



この2年間、冷蔵庫の無い生活をしていたけれど。
とうとう購入してしまった。なくても暮らせることがわかったから、
余計な買い物をした気もしている。
こうして、人並みの生活を少しずつ取り戻せてきている。
でも、油断をすれば元に戻るのは難しいことではない。



一番得意とすること

ここでの告知ができなかったけれど、先週末は久々にDJをさせてもらった。
“現場”に顔を出すことの大切さを感じ、
また、煮え切らないプレイをしてしまった、悔しさが残る。
機材トラブルがあって準備が不完全だったけれど。結果が全てだ。

DJを表現としてやるのか、サービス業としてやるのか。
ここのスタイルの違いは大きい。僕はどちらかというと、その間のものがやりたい。

そのイベントには友人のMegumu OtaniやPainaも出演していた。
観るたびに彼らは進化していて、嬉しさと悔しさ、そして焦りを感じる。
でも、そろそろ僕も制作に向き合えるような気が、うっすらとしてきている。
一番得意とすることから、ずいぶん離れてしまった。逃げてしまった。

buna

心の時代

Cherry blossom "Sakura"


気がついたら桜が散ってしまった。大して好きではないけれど。
寒い冬の終わりの知らせとしては、毎年首を長くして待っている。
そして、今年も春が良い知らせを運んできてくれた。
この2年間続いた、長い長い冬の終わりだ。
きっと。今度こそはと。希望を取りもどし始めている。


心の時代

2004年の終わりに帰国してから、
どこにも根をおろすことができなかった。
この国の経済的な落ち込みと同様に、
文化や価値観を僕自身が拒絶していたことが影響しているのだろう。

この場合の“文化”とは、
いわゆる“カワイくて軽い”ポップカルチャーであり、
“価値観”とは「空気を読め。効率を上げろ」というメンタリティだ。

空気を読みすぎて、自分の心と向き合わず、
効率を重視し過ぎて、余裕がなくなり、心を込めることもしなくなる。
そんなことで、僕が思う良い関係がつくれるとは思えなかった。

だから、それ以外の場所を探してきた。
心と強度のある環境を。

今月から僕が挑戦する環境は、
それが実現できる可能性がある。
あとは僕次第だ。

buna

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