QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘life’ Category

アノミーからの脱出

Untitled



このブログに埋め込んだ、INSTAGRAMの写真が表示されない不具合が解決していない。
これを期に、サイトとブログのリニューアルを真剣に考え始めている。
今のサイトは更新が素人では難しいし、ブログの表示の仕方も、webマガジン風にある程度、
どんな内容が書かれているのか、わかりやすいようにしたい。



アノミーからの脱出

新しい職場では、次々とデザインを頼まれる環境で、
今までデザイナーとして磨いてきた技を発揮しながら、
同時に成長させてもらえている。

今までデザイナーや編集者、ディレクターなど、
少しばかり広い領域に手を出してきたので、
一つのことをやってきた人には、
各ジャンルでは劣るように感じることがある。

でも、後悔(反省?)はしていない。
40代までは、それでいいんだと思う。
そう信じ続けられるように、50代になる迄に、
次のレベルの結果を出し、自信をつけていきたい。

buna

一歩でも前へ




何故かINSTAGRAMから貼り付けた画像が表示されなくなってしまいました。
いろいろいじっていたら、表示も崩れてしまい、泣きっ面に蜂です。
スマホでは見れるのに。プログラミングは弱いので。しばらくそのまま放置してみます。



一歩でも前へ

この一ヶ月は、日々の生活に追われながら、
ここじゃないどこかへ向かうために、
攻防が続いている。

春の訪れとともに、前向きに。
自分を信じながら、一歩でも前へ。
今はそんな感じです。

buna

Muslimgauzeを聴きながら




この一週間、自分が今までやってきたことを振り返り、まとめる作業に追われました。
この1年、いや数年先までに影響する伸るか反るかの時です。
そんな中、友人が再び車で事故を起こすという
ショッキングなことが起き、穏やかじゃない新年を生きています。



Muslimgauzeを聴きながら

珍しく陶芸家の友人がメールをくれ、物思いにふけっていると、
その友人の声がテレビ(上の動画がそれです)から聞こえてきて、
一瞬頭が混乱した。

10年くらい前、「俺が世に出るのはまだ早い」
そう言ってその友達を呆れさせたことがある。

あれから彼女はあっという間に成功してしまった。
本人、成功したなどとは思っていなく、
一過性のブームみたいなものだと。
冷静にとらえているところがまた凄い。
そして、その“ブーム”は確か5、6年続いている。

一度、銀座松屋で行われたトークショーを観に行ったけれど、
堂々としていて立派だった。本人曰く、緊張しないらしい。
見た目がアレなので、人の目線には慣れているのだろうか。

僕だったら、面白いこと言わなければ、爪痕残さなければと。
テンパって爪痕どころか、深い傷跡残すイメージしかない。

buna

Smoldering Embersーくすぶる残り火ー




何年も疎遠になっている人に連絡するのは、
まるで次元を横断するような、不思議な感覚になる。

ここ数年は疎遠になっていた友人と、
最近は週に何回か会っている。
偶然の再会ではなかったけれど、やっぱり縁があるのだろう。
人は、学び成長するために人と出会い、
学び終わると、別々の道に進んでいくという説を信じる。

そして、その友人とここ数日話しているのは、
創造力の源について。
創造的だった自分を知っているので、
段階を飛ばして核心に迫れる。

今、見えている課題は、
思考からの自己の解放と
一人称単数的表現から一人称複数的表現へ。
道は長い。

buna

2018ーはじめの一歩ー




明けましておめでとうございます。
いつものように次の月に変わっただけなのに、
不思議なもので、年が変わったことで、
気分が一新されて、清々しいです。

去年の理不尽なことや、
心ない言動のことは忘れて、
辛いながらも、楽しかったことや、
良い時間を思い出して、
それを糧に今年は良い年だったと、
そう今年の年末に思えるようしたいです。

今年の前半の目標は、
生活基盤を整えて、
アクティヴ、且つクリエイティブになれる環境を作ることです。

みなさん、できるだけ、ここは更新するので、
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

buna

深いあたたかさ




心配して連絡をくれた友人と何十年振りのコーラフロート。



深いあたたかさ

苦手な朝、電車の中で朝陽のあたたかさに包まれて、
心の奥底まで照らされているような、
まるで清められていくような、
そんな深いあたたかさだ。

我が子にアサヒと名付けた友人、
あいつも、朝方に名前を考えたのだろうか。

今年も残り1日。

buna

大晦日の過ごし方

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大晦日は、通常だと市川の実家で過ごす。
テレビから“紅白”が聴こえてくるのを、
我慢して過ごす。姪っ子や甥っ子の相手も、
心身の余裕がないと厳しい。

なので、
今はその“シアワセ”な空間に耐えられる自信がない。

このままだと一人で過ごすことになりそうなので、
大晦日の良い過ごし方、それを考えてみようと思う。

buna

666




この投稿が666個目になるようです。ブログをここに移してから7年目。
それ以前のブログを入れたら、12年目です。
数週間更新できない時もありますが、
ここまで続けられているものは、他に思い浮かびません。

雑誌の編集者をやっていたくらいで。文章を書くのは好きです。
なかなか上手くなりませんが、こうやって公に向かって書くことで、
緊張感と責任感を持ちながら、表現力の鍛錬、そして思考の整理ができています。



神保町にて

既に15年以上の古い友人になった彼らと神保町で会う。
好きな街で、好きな友人たちに会うという、最高の時間。

進み方は違うけれど、彼らはしっかりと自分の道を切り開いている。
自分に足りないものは何なのか。もしくは、何に捕らわれているのか。
そんなことを考えさせられた。

彼らがしてくれる、いろいろな提案。それに対して、
できない理由、言い訳を並べている自分に気づき、
情けない気分になった、

目先のことばかりに捕らわれていては、
その先のことを見失ってしまう。
同時に、先のことばかり考えていても、
目先のことを見失ってしまう。
ここのバランスも大事で、とても難しい。

友人を見送るために、神保町から東京駅まで歩いた。
思い出のシティバンクの前で記念撮影。
街は「クリスマス気分」だった。

buna

2017




2017

今年はいろいろあり過ぎた。
厄年というものを、信じるにしろ、信じないにしろ。
2017年は最悪の1年で、
文字通り、這いつくばりながら生きた1年だった。

まだ残り5日あるけれど、早く終わって欲しい。
これ以上トラブルが起きることなく、
早く新年を迎えたい。

今年一年、支えてくれた家族と友人たちに心から感謝。

buna

たまにはアメが欲しい

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居場所だと思った場所は、どうやら最終地点ではなかったようです。
でも、多く学べたし、あの先輩たちに出会えたのは宝です。

さて、また根無し草の漂流が始まります。



たまにはアメが欲しい

僕には、叱ってくれる友人がいる。
歳を重ねたからか、
すぐに説教を始める人も中にはいて、面倒だけど。
でも、自分の甘さや、足りないところを指摘してくれる人は、
ある程度身近にいた方が良いと思う。

これは、政府でも会社などの組織も同じ。
独裁は暴走しがちだし、発展していくのも難しい。
それは、独裁国家の行く末を思い浮かべてもらえればわかると思う。

でも、会うたびに説教されるのは、
正直、勘弁して欲しい。
ありがたいけど。たまにはアメが欲しい。

buna

東京の地下鉄で



白い息を吐く朝、駅へ向かう人の流れに混ざる。
もう月末、家賃を払うためにATMへ。
東京という歯車の一部になることを避け続けていた、その僕の今の現実がこれだ。
日本に帰国して10年以上経つというのに、まだ受け止められていない。



東京の地下鉄で

ハワイに移住した友人から返信が来た。
連絡先が分からなくなっていたところ、
三ヶ月前に偶然SNSで見つけてメッセージ送っておいたのだった。
その友人はもう五十代だった。
出会った頃、僕はまだ二十代前半。

人と話すのが苦手だった僕が、
この人と出会うことで、少しばかりの話術を身につけられることができた。
人生が変わったきっかけの人だ。

こういう出会いを人生で何回出来ただろう。
そして、これから何度起きるだろう。

もう今年も一ヶ月ちょっと。
色々な人に出会い、別れ。
迷惑をかけ、世話になり助けられた。
中にはいろいろあって、
お礼を伝えられていない人もいる。

そんなことを、闇の中を走る、
東京の地下鉄で考えている。

背暗向明という言葉をもう一度

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今週末、静岡は浜松にいる予定でしたが、腰痛が悪化したため、家で療養しています。
長年積み重ねてきた不摂生のツケですね。
ヨガでも始めてみたいですが、文字通り、腰が重いです。



背暗向明という言葉をもう一度

今の環境で自分をどう活かすことができるか。
それを模索をしている。
やれることは少なく無いけれど、
数字に見える形になるのは、まだまだ先になりそうだ。
こう身体にガタがくると、追い出されやしないかと、
危機感に焦る。

まずは崩壊した日常を取りもどしたい。
そして、健康な体を。
投げやりに暮らしたこの数年、
後悔が無いと言ったら嘘になるけれど。
ここに辿りつくまでの道のりは、
避けられた自信は今でも無い。

年齢的にはやっぱり35歳というのが、
大きな節目だったように思う。
その大事な時期に僕は“その日暮らしの生活”を変えることができず、
そのまま311を経験してしまった。

僕はどこか、人生を冷めた目で見ているところがあり、
惰性で生きているような。
投げ出す寸前のところで、なんとかやってる。

背暗向明という言葉をもう一度胸に。
自分のケツを叩いている。

buna

Whitout Landing

Winter is coming. #newphase #Japanese #paper #japanesepaper #和紙

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こう寒くなると、少しセンチメンタルなJazzやSoulが聴きたくなります。
週末は50〜70年代に活躍した、Art Farmerという、
トランペット奏者のジャズを聴いていました。



Whitout Landing

ある友人曰く、僕は今年の夏頃まで、
“路頭に迷っていた”らしい。
まるでホームレスだったみたいに聞こえて、
苦笑いしてしまった。

でも、考えてみれば。
住む場所はあれど、精神的な居場所がなかった。
だから、そういう意味では遠くないのかもしれない。

手を伸ばしても、どこにも引っかからず、
落ちていく自分を止められなかった。
途方に暮れたというか、頭の中が真っ白で、
自分がどこにいて、どこへ向かえばいいのか。
わからなかくなっていた。

そして、気がついたらここにいた。
「どこへ向かうか?」
という問題はまだ残っている。

buna

ON THE ROAD(路上)


2週間ぶりの休みです。
先週は急遽愛知県は豊田市へ出張。
初の愛知県、そして2tトラックの運転でした。
あと、忘れちゃいけないのが、初の味噌トンカツ。
やっぱりトンカツにはソースが良いです。



ON THE ROAD

「諦めることで始まることもある」
と言われたことが、耳に残っていた。
何を諦めていないように見えているのだろう。

「諦める」と言えば、
ケルアックの小説『ON THE ROAD(路上)』、
何度も途中で読むのを諦めた。
(翻訳された文体が読みにくい)
昨日、その小説が映画化されたDVD(監督:コッポラ)
を偶然手に取った。

放浪する登場人物たちと自分が少し重なって、
フラフラしてきた自分を省みる機会になった。
彼らほど自分は振り切っておらず、
中途半端な生き方をしてきた。

自分には守るものがない。
これが自分を中途半端にさせている理由の一つでもあるけれど、
守るものがないのだから、振り切れる。
とも言える。

また、振り切ってみた結果がこの1、2年でもある。
今は、無謀な放浪をやめて、地に足をつけて、
着実に進もうと思っている。

buna

201710

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こんなにも政府に対して
不信感を持ったことはありません。
関心を持ち、選挙で意思表示するしかありません。
戦争に巻き込まれず、
少しでも生きやすい国になってほしいものです。

2017年10月2ヶ月目

毎日、和紙加工職人に囲まれた環境にいます。
線の引き方、色塗りと色づくり、紙加工。
日本工芸の奥深さを知る、貴重な時間になっています。

この環境で、僕がどうのような役割を担っていくか、
担っていけるのか。それを現在模索しています。

先月引っ越した新居にも、
アトリエのようなスペースを作れたので、
作家活動の方も、そろそろ再開できそうです。

buna

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