QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘Art’ Category

きっといつかは


終戦記念日だけれど、コロナや大雨という非常事態では、戦争について考えるのは少し難しい。

昨日、接触確認アプリから濃厚接触者になったという通知が届き、
相談窓口に教えてもらった発熱相談センターには電話が繋がらないでいる。
低気圧の影響で酷く怠いけれど、発熱はしていないので、とりあえず自宅待機となっている。

これで二度目の陽性者との濃厚接触。身近にも陽性者が出始めていて、忍び寄っている感覚が増している。


きっといつかは

6月くらいから作品制作を再開していて、Intagramに少しづずアップしている。
この暑さの中、エアコンもないアトリエで製作するのは、30分が限界。
休んでは描いて、休んでは描いての繰り返しをしている。

物心ついた頃から、違和感のある、自分を異物として感じる環境に身を置くことが多く、
それは40代になった今も変わらず、自分の居場所を探し続けている。
もしくは、作ろうとしている。

それは時に孤独感、疎外感、孤立感となるけれど。
きっといつかは。と信じて、言い聞かせて日々を生きている。

buna

芸術家と狂気について



先日書いたWebマガジン

現在2人で記事を書いているのだけど、

それぞれ時間がなく、スカスカな状態になっている。

焦らずゆっくり記事を充実させていきたい。



芸術家と狂気について

感情の高ぶりは、ある高さに到達すると狂気になる。

狂気とは精神疾患としてと、

宗教的、芸術的なものと二つに分けられる。

神秘体験や閃きも一種のそれだ。

民族音楽の中にも“神”との交信をするために、

意識的に狂気に達することを目的としているものある。

60年代、70年代の芸術家たちはドラッグによって、

その域に達しようとしていた人もいるだろう。

大きなリスクが伴うから、

軽はずみにその方法を使うのは危険だ。

その無意識の層だったり、

神秘学のシュタイナーなどの言うところの“高次の世界”は、

芸術家の多くが闇に落ちているように、思考と感情、意志が分裂し、

これが進むと神経症になるというリスクがある。

こうならないためにも、

怒りや臆病さ、迷信、偏見、

虚栄心、名誉欲などを

できるだけ排除し、純化する必要がある。

buna

What do you feel now?

自分の半分しか生きていないような年齢の友人たちと接することが多く、
説教じみたことを言ってしまい、後で少し反省をする。

理想は、相談されたら助言として伝えるスタンスなのだけど、
どうも言わないといられない。昔の自分を見ているかのようで、
黙っていられないのだ。

今何を感じているか

相変わらず、制作時間があまりないけれど、アイデアはあるので、
1時間でも時間があって、体力が残っていれば絵を描いている。
最近は、失敗したり、完成させることができなかった作品を切り貼りすることが多い。

前に進むには結局、壁を登るか、打破して行かなければならない。
もう少しで一つの壁を乗り越えれそうな、そんな状況であるし、
人との距離に敏感にもなり、ウイルスが漏れ出すイメージなど、
この新作は今の自分が感じているものが表出されているように思う。

buna

Unconventional

人生には何度か全身全霊で闘わないといけない時がある。
自分にとって今がその何度目かの時のようだ。
後何度こういう時がやってくるのだろう。
でも、闘うことを止めない。まだ止めれない。

その闘いの環境もリングも申し分ない。
ただ、絵が描けていない。
そこに関しては環境も良くなく、リングすらも見失ってしまっている。


FUKAFUTA Unconventional

大阪を拠点に活動するFUKAFUTAさんのアルバムのアートワークをやらせていただきました。
以下、詳細です。

Silentwave・Juri Suzue・和製・FUKAFUTAの4名が参加したアルバム’Unconventional’
主要なストリーミングサービスとbandcampページにて配信開始しました!
今回のアルバム全曲が収録曲’Counterbrow’の
楽曲のパーツを含んで制作され、新たな楽曲タイトルを付けられました。
‘remix’の概念の超越を試みたタイトル通りunconventionalなアプローチで
企画・制作されたコンセプトアルバムLovely GeometryのBandcampページでは
フリーダウンロードして頂けます!

https://lovelygeometry.bandcamp.com/album/unconventional-2

まだまだこれからだ

もう9月、この暑さはあとどのくらい続くのだろう。
ただ、コロナの影響で夏らしいことがまだあまりできていない。
それより夏バテ気味の体をなんとかしなければならない。

恐ろしく仕事のできる人たちと働き始めて、もう直ぐ半年になる。
彼らと堂々と肩を並べられる日が来るのだろうか。
「いつでも挑戦をしていたい」と言ってたのは自分自身じゃないか。
あんな人たちと一緒に働けるのはラッキーだ。

そんな劣等感のせいか、絵を描き始められた。
まだまだこれからだ。

創造的な時間

幸いにもリモートワークが続いている。
しかし、そろそろ少しずつ出勤数を増やていくことになりそうだ。
日本は311とコロナの経験から学ぶことはできるだろうか。


創造的な時間

珍しく、新作のイメージがぼんやりと頭に浮かんでいる。
これをどう具象化するか。

この混沌した世界で、自分が表現すべきことは何か、
そんな芸術家らしい自問をする余裕もなかった。
日々の生活が充実していることは幸せなことだ。
ただ、創造的な時間を追いやっていると、
まるで自分が薄まっていくようだ。

buna

外出自粛3週間目

外出自粛4周目に突入する。リモートワークなので、
以前より自分の時間を持てるし、
ある程度自分のリズムで働くことができるのは、理想的な働き方に思える。
もちろん、難しい点はたくさんあるけれど、
コロナが収束してからも、こういう働き方が増えていくのではないだろうか。

作品制作はやっと再開できている。以前と変わらないスタイルで、
次のステップへなかなか進めない失望感と闘っている。
“逃げずに描き続きろ”そう自分に言い聞かせて、
新しい試みを探してみている。

また、今まで意識的に手を出さないでいた、音楽制作も始めてしまった。
と言っても、まだやり方を覚えている段階で、曲と呼べるものはできていない。
新しいことに挑戦できるのは楽しい。それも僕がどんなに失敗しても、
誰にも怒られないというのが良い。
そういう秘密基地のような逃げ場所が僕らには必要なのかもしれない。

buna

梅雨

Untitled


もう台風が上陸する季節になった。この湿度は不快だけれど、
墨の伸びが良くなる季節でもある。

最近は忙殺されそうな日々だけれど、
30分でも時間があれば絵を描くようにしている。

合格点に達することもなく、完成させずに何枚もの絵が重ねられていく。
逃げているようにも感じるけれど、本当に逃げるのであれば、
破って捨ててしまうところ。その中途半端さを自分にわからせるために、
そのままにしているようにも思う。

明日は久々の休み。少しは絵が描けるだろう。

開いては進み、開いては進む

Untitled


何年ぶりかのSIONのライヴ。
中学生の頃から、新しいアルバムがリリースされる、
その時々の心境に響く言葉があり、救われたり勇気をもらったりしていた。
今回のライヴもそんな言葉や思いがあり、良い時間を過ごさせてもらった。
まだまだ、これからだ。


楽しく絵を描くことがこんなにも難しいのかと。
あらためて重くのしかかる。
同じレベルの作品、同じような絵を何枚も何枚も繰り返しためてこんでいく。

扉を開けば、またそこに同じ扉があり、
それを繰り返し開いては進み、開いては進む。
前に進んでいるのかも確かではなく、
同じところを周回している気さえしてくる。

このマインドゲームに耐えれた者だけが開ける扉というのがあるのだ。
そう信じて、もうしばらく向き合ってみる。

buna

展示会「I SHOUT FOR THE FALL」

Exhibition"I SHOUT FOR THE FALL"


すっかり寒くなってしまい、秋を見過ごしそうです。
なんとか紅葉と秋の食べ物を楽しんでやろうと目論んでいるのですが、
なかなか時間を作れないでいます。いや、本当は行けるのですが、
一人で行くほどのモチベーションがないのが原因です。

展示会「I SHOUT FOR THE FALL」

英国はマンチェスター(正確に言うとBuryという街)で開催される展示会に出展させて頂いている。
このBury(ベリー)という街は、マンチェスターの中心街から少し離れたところにあり、
友人が住んでいるので、何度か遊びに行ったことがある。

駅の近くにトーマス機関車が停車していて、
少し離れたところにASDAという大きなスーパーが見える。
観光で行くことはまずないような、小さな街ではあるけれど。
そんな街にも立派な美術館があり、英国を代表する芸術家のターナーなどを収蔵しており、
日本国内に貸し出されることもある。そして、地域に住む芸術家の発表の場でもあり、
子供達がアートを通して学ぶ場にもなっている。

日本で、「街」というと都市部ではその境界線が見えないけれど。
英国では街と街の間に草原などがあり、
ドラクエの街と街のあり方と言えば理解してもらえるかもしれない。
だから、自分の住んでいる街の端から端までを把握しやすいし、
愛着を持ちやすいように感じる。

話を展示会に戻すとして、
今回の展示会はマンチェスターの代表的なバンドの一つ、
THE FALLというパンクバンドの歌詞をビジュアライズするというのがコンセプト。
僕がビジュアライズしたのはこの曲。



現地に行けないのが残念。
また声がかかることを願うのみ。

buna

光ある羅針盤を

Untitled
selfportrait 2018


こんなにも穏やかな気分で秋を迎えられたのは、いつ以来だろう。

絵を描くことが、また日常的になりつつあり、
自分を取り戻していくような感覚がある。

このまま勢いに乗るには、“針に糸を通すかのような”緊張感で
選択肢を選んでいかなければならない。
どこへ行き、誰と会うか。
嬉しさや楽しさといったような、光ある羅針盤を胸に、
大海に挑む。そんなイメージだ。

意識と無意識をつなげる

Untitled


暑さも和らぎ、少し過ごしやすくなった。
湿度がある程度あった方が、墨の滑りが良い。
僕は指で描くことが多いので、なおさらそれを感じる。

深呼吸をして姿勢をし、意識と無意識をつなげる、この感覚は久々だ。
まだうまくいかないけど。繰り返していればなんとかなるだろう。

相変わらず、どこに向かっているのか。
どこに向かいたいのか。わからないけれど。
目の前にあることと向き合っていくしかないのだろう。

とりあえず、今月15日と11月3日にDJをさせてもらうことになっている。
絵の方の制作、額装、商品化の準備もそれに並行して行う予定だ。

少しずつでも前に進んで、切り開かなければ。

buna

もっと光を!

Untitled

ディスクユニオンが無くなり、画材広場が縮小されたユザワヤ。こんな街にはもう用はない。


以前から気付いていたけれど、明るいモノ、楽しいモノ。
そういうものが求められているらしい。

ある友人が「テレビはいつも笑っている」と言っていたけれど。
特にCMの笑顔率は、脅迫的だ。

例外なく、今僕が置かれている環境では、“明るいもの”を求められる。
そんなにこの世は笑顔で溢れているのか? と問いたくなるけれど。
僕が今、デザイナーとして求められているのは、表現でもアートでもない。
そこを割り切る必要がある。きっと作品を作れていたら、
もう少しバランスがとれるような気がする。

「もっと光を!(Mehr Licht!)」がドイツの詩人、ゲーテの最後の言葉だと言われている。
明るいモノを求められた時、ゲーテのために。と頑張ってみようと思う。
自分の美学に反することを求められたら、これはダダイズムだと自分に言い聞かせようと思う。

疲れてしまって、文章がまとまらなそうなので、
今日はこの辺で。電気を消して寝よう。

buna

Hope against Hope

Live performance in Malaga Spain. 2008. #livepainter #livepainting #japanese #japaneseartist

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この4、5日、久々に幾つかの希望を感じることができた。

フランスで開催される、大きな展示会に出展するチャンスを逃し、
少しテンションを落としていると、
その翌日に、今度はスペインよりライヴパフォーマンスの打診があった。
これも欧州最大規模のイベントが舞台なので、実現すれば大きなチャンスになるし、
素晴らしい体験になることは間違いない。

ライヴペインティングは2011年にチャリティイベントで、
最悪なパフォーマンスをして以来やっていない。
Zerocharizmaが本国へ帰国してしまってから、
パートナーを見つけられず、今に至っている。

たとえ、これが実現しなかったとしても、
投げ出さずに続けていれば、
気にかけてくれている仲間が世界中にいることを、
思い出させてくれた。
どうやら、いつの間にか視野が狭くなっていたみたいだ。

というわけで、引き続き自分が今までやってきたことを振り返り、
まとめる作業に追われている。

buna

アートマーケットの隙間

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台風が近づく雨の中選挙へ。今回ほど迷いもなく選べたことはないかもしれません。
僕はリベラルな人間ではありますが、一方ではとても保守的な考え方を持っています。
日本古来からの良いもので、今失いつつあるものは取り戻したい。
受け継ぎたい。という点で保守です。そして、嘘つきは嫌いだし、
戦争に巻き込まれたくないので、だいたい投票するところがこれで決まります。


アートマーケットの隙間

例えば、ホテルやマンション、病院の
エントランスや廊下、ベッドルームなどにアート作品が展示されている。
100部屋あったら、それだけの数が必要になるので、
作家が作ったものを購入できるのは、予算のある一部の会社。
それ以外はレンタルだったり、知り合い価格で購入したり。

一方、予算があっても、その空間に合う作品を多く用意するのは困難。
また、作家の想いや存在感があり過ぎるリアルなアートは、
好き嫌いが分かれることなどもあり、
そういう、リスクを避けたいオーナーもいる。

でも、安いっぽいものを展示して、
施設の高級感などを損ねるものは避けたい。
そういうニーズに応えている会社で、
僕は現在働かせてもらっている。

高級感と重厚感がある、作家の想い(念)がのっていない作品。
これは僕が今作りたいものと方向性が同じなので、
少しずつイメージを膨らませている。

buna

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