QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘Psychology’ Category

根底にあるアレ




根底にあるアレ

今週の土曜日に誕生日を迎えます。
40代が自分に押し迫っている。正直、そんな焦りが少しあります。
世間の時間の流れとは、違う流れで生きていることは受け止めていますが、
少し隔たりが開き過ぎているような気がするのです。

前に進むスピードは人それぞれ。でも、そろそろそのスピードを上げたく、
思いつく限りのことをやりはじめています。積極的になりきれないのは、
10代の頃から劣等感を心に蓄積してしまっていて、
どうやら負け犬根性が根底にあるようです。

それから解放されるためには自信を持つことが必要で、
それも他者から“認められる”ことで得られる自信、
それが今の自分には必要なんだと思います。

人に認められたい!なんて格好悪い。
これまでそう思ってきましたけど、きっとそれも“認められない。受け止められない”
そんな負け犬根性が影響していたのだと思います。
でも、まずは自分を自分が認めることが先に来た方が、ブレないようには思うのです。
人の評価が先に来ちゃうと、流行廃りのあるこの世の中、
いつも周りの評価に振り回されることになっちゃいそうですし。
ただ、本当に自分を信じたり、認めるには、自己からと他者からの両面からの
承認が必要なのかもしれません。

というわけで、40代に向けて、モテるようにがんばります(嘘)

buna

強度のある時間を





どこも人で込み合っているので、出かけないのがいつもの自分のGWの過ごし方です。
そんな自分ですが、今年は鎌倉と江ノ島へ。コースを考えればいつもの静かな鎌倉を
楽しめることがわかり、GWに行くところがなければ鎌倉も悪くないです。
気がついてみれば4、5年前にもGWに鎌倉に行ったのですが、
そのときも人混みを気にした記憶はありません。


強度のある時間を

熱く語ることや、“重い話”が避けられがちだと、
それは10代の頃から薄々感じてたことでした。
最近読んだ『日本の難点』宮台真司著によると、
社会学的にもそういう時代の風潮が語れており、
本気で人に話し、本気でその話しを聞く機会が減ったということです。

これは社会の変化や日常のスピードや忙しさも関係していて、
人とそこまで濃密な時間を過ごせないし、過ごす心の余裕もないのだと思います。
なので、気が重くなったり疲れる背を向けたくなる会話よりも、
浅く広く、氷面をすべるように浅い会話を求めて次々と乗り換える。
流行のフレーズや服装をみにつけて、SNSで繋がって“仲間”、“みんな一緒”と感じて、
強度のない会話をするスキルだけが磨かれ、
なんとなく楽しい時間を過ごす。
そんな人が増えたてきたのかもしれません。

本気で人の話を聞かなくなるということは、
自分の話も本気で聞いてもらえないという悪循環になります。
これは家族や地域でもそうで、人間関係の軽薄化に拍車をかけ、
コミュニティがバラバラに断絶、
または乾いた空気の流れる距離ができるのではないでしょうか。
実際、誰かに相談することができたらば、こんなことにはならなかっただろう、
そう感じる悲しい、淋しい事件が世の中にはたくさんあります。

でも、一方自分は軽い会話に対しての忍耐力がないので、
それはそれで問題です(苦笑)

buna

意識と心について




先々週、叔父の13回忌を行うのをうっかり忘れていたことが急遽判明しました。
なので今日近所の寺で14回忌(そんなものはありません)をやり、
滅多に着ることのないスーツはもうコスプレな気分でした。


意識と心について

「意識」と「心」はそれぞれ違うところに根ざし、別の人格を持っているかのようです。
いくら「心」に言い聞かせても、聞く耳を持たずにあぐらをかいている。
頭ではわかっているのに、どうもやる気が・・・。みたいなことです。
こういう場合、もうただ根気よく「心」を見守るしかないのでしょうかね。
時間が解決する。そう思ってただただ“お前ってやつは”と嘆くとか。

で、関心は「意識や心」とはどうなっているんだ?。というところに行き着くわけです。
ちょっと難しい話になりますが、無謀にも心理学の世界に突入します。

どうやら意識にはいくつかの層があるようです。
例えば、夜中に“ラーメンが食べたい”と意識する顕在(けんざい)意識と呼ばれる層。
そして“やめとけ太るぞ”ともうひとりの自分が言うとします。このもうひとりの自分というのは、
「潜在意識」と呼ばれる層で、これは経験や知識で働くそうです。
なので、多くの体験と知識を積むことで、
ある程度自分に正しい思考をさせることができるようになります。

そして更にもう1つ深い層があり、それは「無意識」と呼ばれる層で、
例え夜中にお腹が空いても食べたいとも思わない。場合でしょうか。
過去に夜食で痛い目にあったなどの、忘れてしまいたい記憶や感情、
トラウマ的なものと「個人の経験の領域を超えた人類に共通の領域」が働くそうです。
意識の層の中でもこの層が90%をしめているうえに、
かなり深いところにあり簡単にアクセスできません。
これが潜在意識や顕在意識にも影響するので、この層が心の癖になって、
同じような状況をつくったり、失敗を繰り返させたりするわけです。
なのでカウンセラーなどは人のここにアクセスをし、
その人が人生につまづいている理由をさぐります。

そして興味深いのが、この無意識というのはトラウマだけではなく、
色々な答えや閃きや才能が眠っているらしいです。
なので、ここへのアクセスの方法は知っていた方が得ですね。

自分の場合は、太陽の下、自然の中をウォーキングをしたり、絵を描いたり、
自分と向き合い、問題や課題をみつけてとことん考え、悩みます。
何も考えなくなるまで考えます。そうすると直感のようなものが冴えてきます。

これが今日学んだことです。
さて自分が抱えている無意識層にある、いつも同じ失敗を繰り返したり、
抜け出せない状況の原因を探ってみたいと思います。

buna

信じれるのは


year:2014 近所にて


昨日はエイプリルフールで、まぁ、イベントだし何か嘘をついてみようと考えましたが、
面倒で諦めました。日頃からそんな感じで、嘘をつくと疲れるので、極力正直に生きています。
でも、人をからかったりふざけるときには、想像力を極限まで使って大嘘をついて
面倒くさがられてはいます。


信じれるのは

信用できる。とはどういうことでしょうね。
逆説的に信用出来ない人とはどんな人かを考えてみます。
例えば、嘘をつく。本音を言わない。
自分の言動に責任を持たない、持てない。嘘でないにしても言っていることが
コロコロ変わる。盗みを働く人とか。
すぐに思い浮かぶのはそんなところです。

ということは、嘘をつかず本音、または心を開いてくれ、
言動に責任を持ち、盗みをしない人が信用できる人ということかもしれません。

これは、国や会社、コミュニティなどに置き換えることもできます。
どれだけ信用できるモノが周りにあるでしょうね。
少なくとも信用できる人間でありたいですよ。

buna

拘りについて

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この国はどうなってしまうのでしょうね。
国民の声に耳を傾けていないとしか思えない政治家ばかりです。
民主主義が機能していないことは、ちょっと考えればわかりますね。
どの政党に投票するか、今回は本当に難しいです。


  • 拘りについて
  • この約一週間、会った人との会話の内容に共通していることがあります。
    それは“拘り(こだわり)”についてです。拘りを持つことは良いこととされていますが、
    実際はそれを持つことで可能性を低くしてしまって、行き詰まっている人が少なくないようです。
    もちろん、自分にもそういう点があると思います。

    例えば、極端な例ですが、法律を絶対守る。という拘りをもっている人が、
    信号無視をしたら人を救えるという状況で、法律を守っていたら
    救える命も救えない。そんなこともあります。
    時と場合によって、柔軟に拘りを捨てて、対応できるようになりたいです。

    そして、行き詰まりを感じたら、
    その拘りが誰かのためになっているか。どうか。
    ただの自己満足、甘え。逃避ではないか? という観点を持つことが、
    そこから抜け出す上で大事なようです。

    buna

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