QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for 2013.1

【Book】チャールズ・ブコウスキー

Charles bukowski


チャールズ・ブコウスキーの著書『町でいちばんの美女』と出会ったのは、
美大受験の不安と、思春期特有の憂鬱も抱えた17歳の頃だった。
和訳されているものは全て買って、学校の休み時間、電車の中などで夢中になって読んだ。
その当時は単行本にはなっておらず、ハードカバーということもあり、
定価が2500円くらいはしたので、高校生の自分には安くない買い物だった。

彼の小説が好きだったのは、彼の小説の主人公が自分のスケベなところやダメなところ、
格好悪いところをさらけ出しながら生きている人間臭さだった。
そして、その頃の自分を受け止めるきっかけには十分過ぎた。

自分を欺くことに疲れたり、悩みを打ち明けられない人は、
彼の本を読むことをお勧めする。
ただ読み方を間違えると、人生を狂わすので注意が必要だし、
そうなったとしても責任は負えません。

※『ありきたりの狂気の物語』が一番面白かったような。

buna

スロースターター

Oh human or Tsunami?


日付が変わっているので昨日になりますが、
Geskia!くんと今回PVでコラボするleno君の3人で対談をしました。
色々考えてから臨んだわりには言葉が出て来ず、
帰りの駅までの道のりになって、
つっかかていたものがとれたように話し始めるという顛末でした。

公開は来月頭ということなので、その頃にまた報告させてもらいます。

buna

感情、思考、感覚、魂

My brother


最近の趣味と言えば掃除です。先週は市川市の南部にあるクリーンセンターというところへ、
大型ゴミを捨てに車で行ってきました。100キロ分のゴミが我が家からなくなったので、
かなり気分がすっきりしました。それでもまだまだいらないものがあるので、
少しずつ減らしていこうと思っています。

わかりやすさの定義

音楽やアートにおいて、わかりやすさとはどういうことでしょうか。
その定義づけをせずに会話に使われ、
どこにも着地しないでその会話が終わることがよくあります。
なので、ここで一度以下のように定義をしてみました。

“音楽、芸術を体験した人の感情、思考(記憶)、感覚、魂へ
アクセスする(うったえる)力”

順番で言うと、1番が見た目や感触による感覚へのアクセス。
2番目に感情(喜怒哀楽)の表現による感情へのアクセス。
3番目に、概念(コセンプト)的な表現による思考へのアクセス。
コンセプチャル・アートなどが代表的なものでしょう。
そして、最後に自然や仏像などが持つ、
ある種神秘的、宗教的な表現による魂へのアクセス。

今の段階で思いつくのは以上です。
そして、今自分が追求しているのは最後の表現です。

buna

少しずつでも

D-fried


ここ数日、何かと我が家にはお客さんが多く、良い時間を過ごしています。
冬になると内に閉じ籠りがちな自分を変えようと思っていたので、
丁度良く助かっています。そう、今年は色々変化するときであり、
変化しなければならない。そう今までになく思うのです。


さて、前回書いたスペイン人の友人がアルバムをリリースします。
嬉しいことにアートワークを担当させてもらいました。
何度も書いているように、彼にはバルセロナで大変世話になったので、
その恩を少しずつでも返したいと常々思っていたので、
その機会を与えてくれたことにも感謝しています。

今回は特種な紙に印刷をするということで、手探りでの制作でしたが、
最終的にはアップしたような雰囲気になるそうです。
何やら、野菜(繊維?)からつくられたらしく、半透明なので、
手元に届くのが楽しみです。

国内で入手できるか未確認なので、確認が取れ次第ここでも報告させて頂きます。

buna

あの日の地図

Jordi's father
R0013793.JPG


2008年、バルセロナで大変お世話になった友人がいます。
昨晩、その友人の父親が昨年クリスマス前に亡くなったことを知りました。
あの夏、その友人に連れられて、窓から地中海が見える両親の家にお邪魔し、
手作りのパエリアを楽しく頂いたことを覚えています。
あれはスペインの家族の風景を見られる、今思えば貴重な体験でした。

その食事の後、浮き輪やパラソルなどを持ち、
真夏の太陽が照らす中、道の両脇に咲く鮮やかな花たちに誘導され、
奇麗なビーチへみんなで向いました。日本ではそのような時間を過ごさないので、
とても新鮮で、一つ殻をやぶったようにも思えました。

その喪失感、哀しみは想像がつきません。
でも、二人の孫を見れてから旅立つことができたことは、
残された家族の救いの一つでしょう。

どうか安らかに。

buna

背暗向明

My mother


記録的な難産だったGeskia!くんのジャケの件がやっと完成させることができ、
一息つこうと思った矢先に花粉症と思われる症状が出てしまいました。
ということで目が開けにくいので目を瞑って書きます。というのは冗談ですが、
今月中に「今年は〜」と色々書いておかなければと少し無駄に焦っています。


背暗向明

これは今年だけではなく、人生のテーマになりそうですが、
真言密教の言葉に“背暗向明(はいあんこうみょう)”というのがあります。

自分たちの言葉で言うと、
“ダークサイド”に落ちずに、
心を一つにしてに努力し邁進しなさい”ってことかと思います。

特に311後は、今まであったモノに加えて、
慣れないタイプの不安や憤りを感じることが多いので、
まさに今のモットーにはぴったりだと思っています。

このように思えたこのも、311のショックから少し立ち直って来たと考えられるかもしれません。
だとしても、あの体験で気がついた“大切モノ”を忘れずにこれからも生きていきたいと思います。

buna

末っ子

my father


友人曰く、我が家は仲が良いらしい。
確かに季節ごとにと言って良いほど、家族旅行にいく。
もちろん、国内だけれど。

母親以外、写真を撮るのが好きで、
撮影大会になることは常。

そして、家族といると末っ子の自分は、
末っ子らしい位置に収まり、兄の漬け物を勝手に食べて怒られたりする。

外では中心的に動いたりしている自分だけれど、
家族の中ではいつでもそうだ。

そう、一生母親の子供であるように、
末っ子は一生末っ子なのだ。

buna

THE SEDNA SESSIONS NY SHOWCASE 2012/2013

buna – THE SEDNA SESSIONS NY SHOWCASE 2012/2013 by Thesednasessions Ny 2012/2013 on Mixcloud



昨日は千葉県も何年振りかの大雪が降り、交通網はかなりダメージがあったようでした。
特に外に出る用事がなくて本当に助かりましたし、自分の周りで怪我をした人もいないようなので、
ひとまず安心をしています。しかし、明日出かける方はまだ足下に注意した方が良さそうですね。


去年はやりたいDJスタイルがやっと見えたDJ元年と言える年でした。
年末ここにも書いたように、自分のDj mixが大晦日にイギリスのネットラジオで放送されました。
この番組は普段から定期的にやっているそうですが、
自分が参加したのは毎年年越しパーティーとして企画され、
24時間、英国のアンダーグラウンドのアーティストやDJのライヴとmixが放送されるというものです。
かなりの数なのでまだ全て聴けていないですが、刺激的で聴き応えのある内容でした。

こうやって遠く離れたイギリスと日本のアンダーグラウンド・シーンが繋がるという
刺激的で嬉しいことです。今後こういう交流が増えることを願っていますし、
そういう動きができればと思っています。

そのmixが先日soundcloudにアップされたので、良かったら聴いてみてください。
満足いくできではないですが、ベストは尽くしたことと、
プレッシャーから逃げなかった点は自分を褒めてやろうと思います。

buna

クリエイティビティの価値

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Biophilia (2011)


このビョークのジャケや3月にリリースされるAutechreの新譜のジャケをみていると、
CDが売れなくなった昨今。オブジェ、またはグラフィック作品として
CDを購入したくなるほどのアートワークが求められていると思います。

しかし、アートワークにかける費用も減っており、
時間をかけるだけ経済的に厳しくなるというのが現状です。
ある友人が「人がクリエイティビティに金を払わなくなった」と嘆いていたけれど、
残念ながらまさにその通りです。しかし、愚痴っていても仕方ないので、
芸術、アートの価値をひとりでも多くの方に知ってもらえるように努めるしかありません。

最後に、昨年末喉にポリープが見つかり、活動休止宣言をしたビョークですが、
その彼女が再び活動を始めて、私たちに素晴らしい音楽、
歌声をまた聴かせてくれることを心から願っています。

buna

芸術への情熱

Untitled


作品の保管の仕方が雑なため、数年経ってからしわだらけの自分の作品の中に、
自画自賛できる作品をみつけて後悔することがあります。
でも、そこから学ばないので、それを繰り返しています。

先日、前衛彫刻家、画家の草間弥生さんの
「私は芸術というものに死にものぐるいで命を捧げて参りました。
これからももっとたくさんの作品を作り、愛と平和のメッセージを後世に伝えていきたい」
という本人のコメントを聞いて、自分は芸術に命を捧げているのだろうか。
何を伝えようとして、何が伝わっているのだろう。
と自問すると、少し後ろめたいものを感じました。

果たして、自分には芸術への情熱があるのでしょうかね。

buna

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