QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘Philosophy’ Category

天井を見つめながら

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“笑う門には福来たる”ということらしく、
SNSなどではハッピーなアピール(投稿)が
ビジネスツールとして使用する場合は有効だとか。
その観点だと、この僕のブログやSNSの使い方はNG。

天井を見つめながら

天井を見つめながら、ヘッドフォンで音楽を聴いている。
Macbook Proに入っている12000曲を全部聞くのが目標。
飽きたら読書。カミュ『異邦人』から始まって、
次はモーム『月と6ペンス』。
どちらも偶然にフランスが舞台であり、
10年以上実家の本棚で一度も読まれずに眠っていた。
そして、今日から坂口安吾『堕落論』を読み始めたところ。
飽きたらまた音楽。しばらくこの繰り返し。

何故にここに横たわって、痛みに耐えながら、
天井を見つめる“ハメ”になったのだろう。
医者曰く、少なくとも2週間から1ヶ月は安静にしている必要があるらしい。
一体、何をしてしまったのだろう。
もしくは、何をしなかったのだろう。

どうあれ、また振り出しだ。
幾つかのことに決着をつけれたから、良しとしよう。
挑戦者に敗北はつきものだ。
大事なことは、またどう立ち上がるかだ。
そして、挑戦は止めない。
多分、止めない。

buna

Everything in Its Right Place?

me djing


Macbook Proの修理が完了して、手元に届いた。
2009年に製造されたものだけど、これでまた数年は使えるかな。
そして、何よりもDJが再開できる。
というわけで、Macが立ち上がらなくなっても、
諦めずに町の修理屋さんへ持ち込むことをお勧めします。


Everything in Its Right Place?

Webの世界では、新しい技術が次々と現れる。
その度にそれを学び、理解してビジネスにしていくようだ。
中には今後も定番になると思われたような技術でも、
切り捨てられてしまうことがある。
柔軟性と探究心が常に求められる。

思い出すのが、ある優秀なプログラマーの家に行った時のこと。
彼の部屋には最新のサービスや技術だけでなく、
流行りのテレビ番組、映画、ゲームなどで溢れていた。
できるだけそれらを実際に体験して、それを仕事に繋げていた。

彼にとっては“普遍なもの”を追求することは、“逃げ”だ言う。
あれはカルチャーショックだった。

「こここそが」
そう思える日が来ると信じてきたけれど。
まだそこにたどり着いていないみたいだ。

buna

何ができて、何ができないか




ドイツ人のlars leonhardのダブテクノを聴きながら電車に乗る。
SNS上では、充実した日々を過ごす人たちの姿を多く目にする。
世の中、そんな人ばかりなのだろうか。
まるで世界が嘘や見栄で包まれているような感覚になることがある。

何ができて、何ができないか

僕が尊敬するある友人の音楽家は、
音楽とは全く関係ない仕事をしている。
どちらかと言うと、肉体労働だ。
彼のように唯一無二の天才的な才能を持っていても、
市場価値を作品に持たせられなければ、
それが音楽の最先端を行く英国であっても、
その才能で生計を立てることは難しいらしい。

アート性と商業性を持ち合わせているのは、ほんの一握り。
その一握りに入らない限り、“売れるため”に流行や時代、経済の流れをも掴んで、
“マーケティング”していく必要がある。
今後、僕がそれをやるかどうかはわからない。
やれるかどうかはわからない。と言った方が正確かもしれない、

自分に何ができて、何ができないか。
それはやってみないとわからないし、やらずに決めることはできるだけ避けたい。
僕なんかは、いろんなことができると思っている節があるから、とても達が悪い。
そろそろ(一旦)限界のラインを決めて、
一番得意なところを伸ばすことに集中するべき時なのかも。と最近感じている。
その決断をできなくさせているのは、一体なんだろう。
ヒントは目の前にあるはず。そう信じて一歩一歩進むしかない。

buna

理想と現実

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近所に140Mほどの山があり、
頂上への最短ルートでは300段の階段が待ち受けている。
翌日の筋肉痛を覚悟して登らなければならない。


理想と現実

山の景色はときにハッとさせられるほどに神秘的で、心を奪われる。
それが身近にあるというのは贅沢だ。
でも、ここはリラックスするには良いけれど、
何かが足りない。完璧や理想を求める悪い癖が僕にはある。

今触れたいのは、情熱とかクリエイティブなもの。
自分が求めているものを自覚しているだけで、
ここはOKということにしておこう。

buna

どう着地するか

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ここから直線距離で500mもないところに海があり、
歌川広重が「東海道五十三次」で描いた景色の面影が残っている。
浮世絵の魅力はあの色使いで。正直、それ以外に今のところ関心はない。


重要なのは落ちていることではない、どう着地するかだ

気がついたら約3週間、人とも会わずに今後の計画を立て、
実行に移す準備をしていた。何しろ足踏み状態が長く続いているので、
限界が来たと言うか、ケツに火がついたと言うべきか。

それがようやく数日前から、状況が良くなりはじめて、
少し安心しているところ。やっと次のステップで挑戦ができる。
でも、油断すれば、またいつでも底に落ちる。

「ここまでは大丈夫。ここまでは大丈夫。ここまでは大丈夫。
重要なのは落ちていることではない、どう着地するかだ」
映画『憎しみ』(La Haine)冒頭より

このセリフを口ずさみながら、夕日を背にゴツゴツとした海岸を歩く。
きっと、そろそろ出番だ。

buna

岐路

Untitled


年寄りくさく聞こえるかもしれないですが、
残りの人生をどう生きるか。
ここ数ヶ月、これを考えなければならない環境に置かれ続けています。
40歳になった今年。
“自分達が死んだら”という仮定で両親が話をすることが増えました。
10年以上前、シーツを新調した母が、
「これが最後のシーツになるかもしれないわね」
とつぶやいた時の、それまで経験したことがない切ない感覚は忘れません。
しかし、最近ではそれが日常茶飯事になりました。

そして、今年の正月に大親友が事故で死にかけたことも、
死について考えさせられたきっかけでした。
どう生きるかを考えることは、どう死ぬかを考えることでもあるらしいです。
この誰かの言葉が、今は重く響きます。

最近、残りの人生を捧げたいこと。
そう信じられる仕事を見かけるようになりました。
今まで経験してきたことを活かしながら、
人の役に立ち、挑戦と成長をすることができる、
そんな類の仕事をしている人たちがいるらしいのです。
どうにかして、そこに僕も立ちたくて、
(引越しの準備をしながら)動いています。

今年は、人生の岐路になりそうです。

buna

311

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311から5年が経ち、日本は何を学び、成長してこれたのだろう。
日本政府は原発依存を止めようとしない。

いつもの繰り返しだけど。
僕が一番伝えたいのは、
利便性や効率性を過剰に求めることはやめよう。
ということ。

buna

背暗向光

consequence


社会の闇を見たらきりがない。
現代は情報に溢れているから、なおさらだ。
だからと言って目をつむっていては、誰かの手のひらで転がされる。
一方で、知らなくてもいいこともたくさんある。
闇に飲み込まれて“ダークサイド”に落ちている人も少なくない。

光ばかりを見ていても、目がくらんで何も見えなくなるのも事実。
その中心をつかむ。その大切さと難しさをあらためて感じる。

背暗向明(はいあんこうみょう)
この仏教の言葉。
闇に背を向けるということではなくて、
闇を知り、それを力に光に向かって進め。
もしくは闇を照らせ。
そういう意味に今は受け止められる。

buna

挑戦する価値

#drawing #pencildrawing need more perfect lines and balance.

bunaさん(@buna)が投稿した写真 –




今日は暖かい1日でした。また明日から寒くなりそうなので、
体調管理が大事になってきます。この週末は行きたいイベントもあったのですが、
仕方なく家のことをやりました。


挑戦する価値

今回アップしたシンプルなドローイングは、
原点に戻る作業でもあり、別の表現を模索することでもあります。
これは完全に個人的な作業で、本来人に見せるようなものでもないです。
ただ、何かしら魅力を自分で感じるので、
人に見てもらっても、何かを受け取ってもらえるように思えたのです。

イベントなどで、その場にいる人を気にせずに、
自分のスタイルを通して、客の反応が悪かったアーティストやDJに対して、
「マスタベーションなら家でやれ」と言う人がいます。

そのイベントが踊りに来ている客がメインで、
彼らを踊らせられなかった場合、そう言われても仕方ないです。
でも、その場が「表現の場」であれば、話は別です。

表現の場では、もちろん表現したいことが相手に伝われば成功ですが、
失敗しても、そこで挑戦したことで、何かをつかめたり、
発見ができれば良しとしていいと思うのです。
人前でやるという緊張感の中でしか、得られないものがあります。
英語で「Good Try」と言ったりしますが、
挑戦したことを評価してあげてもいいと思うのです。

こういう挑戦することに、寛容でない“空気”が、
日本のシーンをつまらなくさせているのではないでしょうか。
失敗するかもしれない。新しい何かに変わる期待を持てるような。
そんなスリリングなパフォーマンスを僕は観たいです。
どうも、無難に失敗しないことをしている人が多い印象です。

buna

別の観点を知ること

Untitled



最近人に会うたびに、EDMという、今はやりの音楽の話になります。
EDMというとタイに行ったとき、タイ人の友人が車の中でかけて、
「この安っぽい音楽はなんだ?!」
と嫌悪感を露骨に表してしまったことを思い出します。
なんと大人気ないことをしたものです。

あのジャンルが今の音楽産業、
メインストリームのクラブシーンを支えているわけですから、
そこは評価、感謝すべきなのでしょう。
ちゃんと聴いたことがないので、言いたいことはそれだけです。

別の観点を知ること

先週、最先端の技術を作り出し、
利用した仕事をしている友人宅にお邪魔しました。
彼は流行を作り、それを広げていく役目の人でもあります。
なので日頃から最新のサービスに触れるように意識しているそうです。

彼から言わせると、流行を否定して、
普遍的な価値を追求するというのは、
ある種の逃避に見えるそうです。

変化についていけない。
対応力、柔軟性がないことを理由に、
言い訳として、普遍的価値の追求。
そう言っていることはないか?
という観点。

これからも、この自問はし続けなければと。
そう気付かせてくれたその友人に感謝です。

buna

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