QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for 2018.7

親子散歩

Untitled


強引に、半ば無責任に仕事を切り上げて、
東京は清澄白河まで、久々に落語を聞きに行った。
たまには息抜きをしないとやってられない。

父と二人で出かけるのは、いつぶりだっただろう。
会場に早く着いてしまい、二人で深川の街を歩いた。
「じゅん散歩」みたいに歩くか。とお気入りのTV番組の名を出して、
少し嬉しそうだった。歴史が好きな父は、
ところどころに建っている石碑を見ては興味深そうに読んでいた。

同世代の落語は、どちらかというとテンポが早い印象だった。
過去の遺産を引き継ぎ、自分流に、現代風にアレンジする。
まさに「伝統」だ。伝統は「変わらない」ということではない。

イベント後に、父と会場近くの飲み屋に入った。
酔った地元のご老人たちが大声で話していて、正直不快だった。
父は「でも、あんなふうに呑める友人がいたことがない」
と少し寂しそうに言った。

これからは、もっと父親を連れ出してみようと思う。
気がついたら、もう父親は70代中盤だった。

buna

Fugenn & The White Elephants “Nehan Loops”

new artwork for Fugenn & The White Elephants



Autechreを灼熱の中、歩きながら聴くと。
楽しめるどころか、苦行に思える。
やっぱり彼らの音は北国の音だ。
だとしたら、僕らが住む日本の音はどんなだろう。




Fugenn & The White Elephants “Nehan Loops”

久々にアートワークを担当したアルバムがリリースされた。
https://fugennthewhiteelephants.bandcamp.com/album/nehan-loops
この音楽家とは10年以上も前に出会い、千葉県で一緒にイベントを運営したり、
ツアーに行き、彼のデビュー以来、彼のアルバムをいくつもアートワークを担当した。

彼はインディーズシーンで成功を収め、メジャーな舞台に足をかけた頃に、
いつの間にかシーンから消えてしまった。その頃には疎遠になっていたので、
僕に詳しいことはわからない。

僕らのようなものづくりは、ある種の不安定さや危うさを抱えていることが多い。
または狂気とも言える。それらとどう向き合うか。ここが重要になってくる。

今回の彼の復活が、本物であることを、
少しばかり期待している。

buna

七夕の短冊

Untitled


梅雨が始まってしまった。ジメジメした日々がしばらく続くのか。と。
テンションが少し下がっていたのもつかの間、まさかの梅雨明け宣言。
30度を超える夏日が目の前に。暑いのは苦手です。
でも、自分が一番クリエイティヴになれる季節でもあります。


七夕の短冊

日本社会の生きづらさを感じ続けながら、
そこに留まらなければいけない、今の状況をどう受け止めるか。
「あの時よりマシじゃないか」「あれよりマシじゃないか」
と言い聞かせてやり過ごすのか。

人生の中間地点を過ぎているのだろうに。
まだ僕はこんなところでくすぶっている。

「諦めることだ」とある人は言うけれど。
ここ数年は諦めの連続とも言えるし、
選択肢を絞ってきたと。前向きに聞こえる言い方もできる。

退廃的な灰色の心象風景に、どう色を足して、
花を咲かせるか。
またあの言葉が僕の頭に居座る。
「もっと光を」

英国の曇り空を思い出す。
雲の隙間に太陽が現れて、その眩しさに目を背けた。
石の下に生息する虫の気持ちがわかった瞬間だった。
僕のように光の中に身を置くことを得意としない人もいる。
そんな僕は、やっぱり七夕の短冊に書くことが思いつかない。

buna

PAGE TOP