QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘life’ Category

Level 44-45


山形にいる友人から、誕生日のプレゼントとして米1kgなどが届いた。
「近所のスーパーで買えるやつだぞ」と照れ臭さくて余計なことを言い、
「気持ちを受け取ってくれ」と言わせる。


44-45

間違いなく僕の人生は折り返し地点を過ぎている。
焦りと諦めに負けず、後半戦を闘うことを決心する。
何かを犠牲にしなければならないこともあるだろう。

過去を誇りと自信にしつつ、
まだ、何もなし得ていない。
そう思って進む。

コロナ禍はまだ続きそうだけれど、
それでも僕に残された時間は日に日に減っている。
そして、収束後の未来、異国の地に行かなければならない。
僕の根無草人生は続く。
後悔の無いように生きなければ。

buna

What do you feel now?

自分の半分しか生きていないような年齢の友人たちと接することが多く、
説教じみたことを言ってしまい、後で少し反省をする。

理想は、相談されたら助言として伝えるスタンスなのだけど、
どうも言わないといられない。昔の自分を見ているかのようで、
黙っていられないのだ。

今何を感じているか

相変わらず、制作時間があまりないけれど、アイデアはあるので、
1時間でも時間があって、体力が残っていれば絵を描いている。
最近は、失敗したり、完成させることができなかった作品を切り貼りすることが多い。

前に進むには結局、壁を登るか、打破して行かなければならない。
もう少しで一つの壁を乗り越えれそうな、そんな状況であるし、
人との距離に敏感にもなり、ウイルスが漏れ出すイメージなど、
この新作は今の自分が感じているものが表出されているように思う。

buna

2020/2021

2020年、色んな意味で日常が激変した年だったけれど、個人的にはいい年だった。
ニューノーマルも悪いことばかりじゃない。

2022年までコロナが収束しないという予想もあるけれど、
だとしても、来年はもっと絵を描いて、DJを含めて音楽を楽しむ。
もちろん、仕事も。

では、良い年を。

buna

まだ言える

来年の経済が好調になるとは想像はできず、貧富の差の拡大も加速して、
日本でも経済的「勝ち組」「負け組」が更にはっきりしていくのではと悲観してしまう。
経済的に豊かであることが「勝ち組」になる条件ではないけれど、
ある程度、資本主義システムの中で生きるには、お金が必要になる。
その“ある程度”を確保することが難しかった時期が僕にもある。

芸術家として生きていけないなら、野垂れ死ねばいい。
そんな風に命をかけて生きてたこともあった。
当然、そんな甘い世界ではなくて、経験したことがないようなどん底に堕ちた。
海岸に打ち上げられたゴミに、自分を重ねて眺めた2017年の正月。
もうあの日たちを繰り返したくない。

あれから3年が経ち、その間にいくつかの職を転々として身体も壊した。
現在は運良く日本を代表する制作会社の一つで働いている。
やっとスタート地点に立ち、一歩一歩前進している。

これからどうなるのか、わからないけれど。
先が見えてしまうよりよっぽど良い。
まだ僕は言える「人生はこれからだ」と。

buna

第三波の中

気がつけば、もう今年も残り一ヶ月になろうとしている。
コロナが落ち着いている間に山へ行きたかったけれど、
タイミングを逃して今、第三波の中にいる。

そんな状況下、僕は日本の大手企業のCM制作に関わっている。
プロデューサーという裏方として働くことに違和感はない。
自己顕示欲の無さに呆れに近いものを感じるけれど、
インスタにアップした作品のいいね!の数に一喜一憂しているところをみると、
全く自己顕示欲がないわけでもないようだ。

言い忘れたけれど、制作を再開している。ここ一ヶ月は仕事が忙しくて
時間を作れていないけれど。来週からはまた再開できそうだ。

明日は朝から撮影なので、 今日はこの辺で。
ここももっと更新していけそうな気がしている。
では、引き続きコロナには用心を

buna

暗闇に投げ出されたような

Untitled
2018 熊本県 杖立温泉 

既にコロナの打撃を受けているというのに。
豪雨が九州を襲った。東京では感染者数が増えている。
そこへGOTOトラベルキャンペーン。
いつになったらこの国の政府を少しは信頼できるようになるのだろう。

僕らは暗闇に投げ出されたような不安の中で生きている。
どう光を見つけ出そうか。

buna

#BlackLivesMatter

too hot outside

コロナの次は人種差別をきっかけとした暴動。
この世界はどうなっているのだ。

英国で人種差別を受けた経験がある。それも差別の対象になりがちな黒人から。
その理不尽さ、悲しさ、辛さを知っているだろう彼らが、更に僕らアジア人を差別する図式。

格差は必要悪なのだろうか。
最近特に階級社会のインドのことを調べているので、
なおさら疑問に思うことが増えた。
これは他人事ではなく、江戸時代の日本にもあった制度だ。

誰かより自分は優れている。そう思うことで成り立つシステムがあるのだろうか。
もし成り立つとしたら、それは親子の関係のようなもので、
上の者は下の者の生活に責任を持つような、大切にするようなシステムであって欲しい。

そして、差別や偏見は僕の心にもいつの間に根付いている。
これは無視できない。
だから、僕は差別するな。偏見を捨てろ。と自分に言う。叫んだりしない。
叫ぶことを否定しているのではなく、あれは僕の表現方法ではない。
もちろん、破壊や暴力も違う。

「じゃぁ、今のお前には何があるのだ?」
そう問い詰める。

buna

非常事態宣言解除

今月25日に非常事態宣言が解除され、4日が過ぎたけれど。なんら変わりのない日々を過ごしている。
あらため言うことでもないのだけれど、僕は今の政府を信用できない。
だから発表される感染者や死亡者の数も信じていない。
だからと言って、過剰に心配しているわけでもなく、マスクと手洗いをし、必要以上に外出を避けているだけだ。

でも、そろそろ出かけたい気持ちを抑えれなくなっている。
日本にいられるのもあと2、3ヶ月だろうか。
その間に日本でできることをしたい。
友達たちに会い、レコード屋に行き、山にも登りたい。

新たな日常という言葉をよく聞くようになったけれど、
僕には新天地での「新たな日常」が待っている。
実感はもちろんない。

人生は、変えようと思えば変えられる。
いや、変えられる人生しか歩んで来なかったのかもしれない。
最近、過去を振り返って、反省することが増えた。

buna

パンデミック

2020

パリの友人も、マンチェスターの友人も外出が難しい状況らしい。
コロナが欧州でも感染が拡大しているのは、ネットなどを見て知ってはいたけれど。
実際に友人たちから聞くと現実味がある。

イギリスでは、飲食店や劇場などを閉鎖することになり、
仕事ができなくなった人に対し、賃金の80%を政府が肩代わりする。

日本政府の対応はどうだろう。
正しい金の使い方を期待する。

buna

ビザが無効にされて

stic no bills

 

 

花粉症で喉を痛めて体調不良が続いている。
ときどき咳が出るので、電車や店ではヒヤヒヤだ。

欧米でのアジア人に対してのコロナ?差別が報道されているけれど。
あれも防衛本能の一つなのだろうか。

そんな状況もあり、ビザが無効にされて少しホッとしている。
何しろ、あのインドだ。まさかのインド。
二度と行くものかと思ったあそこへ、
なんの因果だろうか。

インド行きが決まってから、
NETFLIXでインドの映画を毎日のように観ている。
宮殿で踊って歌うような映画ばかりだと思っていたけれど、
ミニシアター系の映画などもあり驚いている。

そして、貧富の激しいあの国にも中産階級が増え始め、
彼ら彼女も僕らと同じような生活をしていることがわかり、
以前よりは身近に感じ始めている。

されど、インドだ。 まだ正直受け止めれていない。
ここからは、僕がインドまで行く準備と、そこで何を感じ考え。
どんな困難に合い、どんな結末になるか。
生きている限りここを更新していこうと思う。

buna

2020 3月

#tokyo

マスクが売り切れたままだと嘆いていたら今度はトイレットペーパーやテッシュが売り切れた。

花粉症の僕には辛い状況だ。デマに踊らされた人がなんと多いことか。でも彼らを馬鹿にはできない。

デマでなかったとしても、トイレットペーパーを殆どの人が使用しない国に滞在したこともあるし、なんとかなるような気はしている。

4月に出国する予定だったけれど、コロナウイルスの影響で少し延期になるかもしれない。

日本でやり残したことが幾つかあるような気がしているので、都合がいい。

buna

これは喜劇だ

「自分の人生にもっと真剣に向き合いなよ」と人に言いかけて、その言葉を飲み込む。

人にそんなことを言える立場か俺はと。

年が明けてからもう三ヶ月が経とうとしている。

その間に「激動」と言っても大げさではない展開が僕の人生にはまた起きている。

自分の意思を超えた何かに突き動かされて、

二度と行きたくなかったあの国で働くことになった。

それも最低でも1年。

「お前の人生は凄いな」と友人に面白がられる。

僕の人生はパロディー、喜劇なんだと思う。

でも、これからどうなるんだろう。そして、どこへ向かいたいのだろう。

この歳でも僕はまだ混沌の中にいる。

buna

2020

Untitled

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

2019年、振り返ってみると「再出発」がテーマだったように思います。 そして、日本社会の「型」にどれだけ自分をはめていけるかの挑戦でした。 そうした中で、どうしてもハマらない部分が、本当の「自分らしさ」「個性」なのかな。 とあらためて考えさせられています。

2020年はそこの「再出発」から、自分の個性を活かせる環境を作る。探す年になりそうです。 そして、もっとここを更新できるような生活がしたいです。

buna

R.I.P my friend


完全に、東京というシステムに飲み込まれてしまったかのような日々。
何のために生きてるか? そんな問いすら問う余裕がない。
人に喜ばれることがしたかった。手の届く距離でその笑顔が見たかった。
現実は厳しい。


R.I.P my friend

今朝、マンチェスターでお世話になった友人の訃報が届いた。
数日前にクリスマス後に見舞いに行くと連絡したばかりだった。
長い間闘病していたことは知っていたけれど、なかなか関西方面まで行く時間が作れず。
調整ついた頃には間に合わなかった。

友人を亡くすのは、これが初めて。
あの人と過ごしたマンチェスターでの日々を思い出しながら、
ウイスキーで献杯。

buna

フェイクとリアル

Untitled

先月に続いて、記録的に巨大な台風がやってきた。
スーパーやコンビニの棚から商品が消えている様子は、311を思い出させた。

テレビとネット、国内と海外のメディアの情報、どれを信じて良いのかわからない。
こういう不安な感覚も311を思い出させる。

もともと“フェイク”と“リアル”は混在していて、
それをネットという媒体が拡散し、僕らのもとに届きやすくなった。
もしかしたら、以前はフェイクしか僕らの手元に届かなかったのかもしれない。
そう思えば、良い世の中になったと言える。
ただ、その代わりに自分で判断しなくてはいけなくなった。

今回、スーパーで大量に食料を買わなかった。
3、4日なら十分生きていける食料はあったし、
単純にスーパーに並ぶのが面倒だった。
結果的にはそれで問題なかったけれど、状況によってはあの時我慢して並べば〜と後悔したかもしれない。
今回のことで、僕は「メンドクセェ」と真っ先に死ぬタイプだと実感した。

まだ洪水や停電、断水に苦しむ人たちがいる。
1日も早く日常を取り戻せますように。

buna

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