QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

Archive for the ‘life’ Category

神保町

週末、どこかに出かけたいけど、
行きたい場所が思い浮かばないときは、
神保町/お茶の水エリアに行くことが多い。

なぜなら、そこには本屋街とレコード屋と楽器屋、
アウトドアの店があるからで、
そして、カレー屋に行列ができていることはあるけれど、
混雑していることはない。

東京には神保町ほど、文化的な街が他にあるだろうか。

buna

20220103

 


去年は15年以上ぶりにロックをたくさん聴いた一年だった。
コロナ禍でありながら、出会えたある人がきっかけだった。
今年はどんな人に出会い、どんな音楽を聴くのだろう。



20220103

仕事を完全に忘れて、
人生に何度あるかわからない、
ずっと続いてくれればいいのに。
そう思う時間を過ごすことができた。

掛け替えのない友人2人を初めて合わせて、
そこで起きるいわゆる化学反応。
最高な時間だった。

先日のSIONのライヴを思い出す。
「自分の選んだ道で、今の状況はその結果だ。
後悔のないように生きろ」
そんなメッセージを僕は受け取った。

2022年、出だしに文句なし。
明日から仕事が始まり、また闘いが始まる。

buna

正月


明けましておめでとうございます。
元旦に初詣に。
家族と友人の健康と安全をお祈りしました。
今年はいよいよ日本を離れるので、
また新たな挑戦が始まります。

年末年始は、映画と制作三昧。
悔しいことに完成させられた作品がなく、
ここにアップすることができません。
爪を立てて壁をよじ登っているような気分です。

自分を信じて続けるだけです。
では、良い年にしましょう。

buna

No excuses.

制作から離れた時のレベルから、
いつでも制作を始められると思ったら大間違いだ。
確実に腕は鈍る。思い出しながら
なぞるように描いているうちはダメだろう。
人生を舐めている自分に気がつくのは
いつぶりだろう。

描きたくなったら描けば良い。
そんなスタンスでいちゃいけない気がする。
自分に描かせる環境を作らなければ。

言い訳をしたらキリがない。
違う絵が描きたい。
新たな挑戦がしたいことだけは分かっている。

buna

2021


今年も残り5日。
24日に仕事納めをした僕は25日に代官山UNITにて、
SIONのライヴに。ここ数年恒例の行事になっているけれど、
来年からはしばらく観ることができなくなるだろう。
最近どこに行って、何をしてもこんな感じだ。


2021

この一年、振り返ると。
コロナ禍に別れと出会いがあり、
日々の仕事に忙殺された。

中年の男がジョギングする理由が
最近になって理解できるようになった。
そう、体力だ。
体力を維持しなければ、
ヘトヘトで制作活動も趣味などできず、
空いた時間をテレビの前で、
延々と映画を観ることになる。

来年はとうとう、
日本を離れる。
まだ日本でやり残したことがあるけれど、
こればかりは仕方がない。
役目を全うし、深化を進めよう。

buna

若い世代に伝えたいこと

コロナ禍でDJをする機会が減ってしまった。
何歳になってもDJはやるつもりだけど、
DJをさせてくれる場所がいつまでもあるとは限らない。
これからだ。これからどうするかだ。


若い世代に伝えたいこと

明日で美大での講師も最後、
できれば授業の最後に
何か“足し”になることを伝えたいけれど。
気負うとろくなことにならない。
でも、ちゃんと考えないと、
グダグダになることも容易に想像ができる。

今回、以下の2点を伝えたかった。

1:自分を知ることの大切さ

自分がどういう人間で、
どんなモノに惹かれる、
何を作りたいのかを考え知る。

2:世界を知ることの大切さ

自分が生きている世界がどういう場所で、
どういう影響を自分に与えているか。
その中でどんな役割を担うか。

作品を制作する際、客観と主観を行ったり来たりしながら
自分の進むべき方向を模索していく。

自分の作りたいものが、
マーケットに受け入れられるか。
もし受け入れられないのであれば、
また別の方向に進めばいい。

よそ見をせずに進めとある人が言っていたけれど、
僕の意見は違う。
どんどんよそ見したら良いと思う。
これしかない。
なんて思うのは不自由だ。

人生はまだまだこれかだ。
これを口癖にして生きてほしい。

buna

 

Choose your own and jump over.

 


南アフリカでまた変異ウイルスが確認されたようだけれど、
今のところ、日本にいられるのはあと数ヶ月となっている。

96年と2000年に渡英した時と明らかに心境が違う。
一番大きな違いは、あの頃のような停滞感がなく、
もう少し日本にいたいという感覚かもしれない。

Choose your own and jump over.

流れには逆らわず、身を任せる。
そう聞くと、
いつか見た海岸に打ち上げられた
流木とゴミたちを思い出す。

流れに抗い、
別の流れに飛び移るべき時があるのではないか。
でなければ、僕らにできることは、
流れの中で、溺れずにいること
だけになってしまう。

この世界は、
もっと複雑に色んな力が影響しあい、
たくさんの流れが存在しているように思える。

だから、どの流れに乗るか、
そして、どの流れに飛び移るか。
僕らはそういう選択を知らず知らずに突きつけられて、
その選択の結果が、今の自分のいる場所であり、
今の自分な気がしている。

buna

一人旅

山に行きたいと思い続けたコロナ禍、落ち着いているこのタイミングで、山梨は大月へ。
到着した1時間ほどで日没するという無計画さを反省しながら、大月駅の周辺を歩いた。

綺麗な空気を肺に吸い込み、
ここ最近の仕事で重くなった背中を軽くすることができた。

そして、何より一番の目的地、

月のうらがわ
https://tsuki-no-uragawa.jimdofree.com/
https://www.instagram.com/tsukiura2020/
にてゆっくりできたので良い1日になった。
次回こそは計画を立てて、楽しい旅の友を連れて行こうと思う。

きっといつかは


終戦記念日だけれど、コロナや大雨という非常事態では、戦争について考えるのは少し難しい。

昨日、接触確認アプリから濃厚接触者になったという通知が届き、 相談窓口に教えてもらった発熱相談センターには電話が繋がらないでいる。 低気圧の影響で酷く怠いけれど、発熱はしていないので、とりあえず自宅待機となっている。

これで二度目の陽性者との濃厚接触。身近にも陽性者が出始めていて、忍び寄っている感覚が増している。


きっといつかは

6月くらいから作品制作を再開していて、Intagramに少しづずアップしている。 この暑さの中、エアコンもないアトリエで製作するのは、30分が限界。 休んでは描いて、休んでは描いての繰り返しをしている。

物心ついた頃から、違和感のある、自分を異物として感じる環境に身を置くことが多く、 それは40代になった今も変わらず、自分の居場所を探し続けている。 もしくは、作ろうとしている。

それは時に孤独感、疎外感、孤立感となるけれど。 きっといつかは。と信じて、言い聞かせて日々を生きている。

buna

守りつつ攻撃をしていくスタンス


“非常事態”の中、毎日通勤している。

もう麻痺してしまって、ほとんど恐怖を感じていない。

政府への不信感はとっくに天井をぶち抜いている。

自称霊感があるという知人に

「突然死」という死に方を予言された余韻を引きずって

今週も真ん中を過ぎた。


守りつつ攻撃をしていくスタンスで

日々の生活に疲れてしまい、

制作ができていない物作りは少なくないと思う。

“生きるための仕事”を減らし、

経済的にギリギリのところで制作をするには、

あまりに不安定な世界だ。

自分の身は自分で守らなければならない。

ヤツらが助けてくれる保証はない。

守りに入ったら終わりなのではなく、

守らなければ終わる時代。

守りつつ攻撃をしていくスタンスでいかなければ。

buna

毎週今週末こそは


コロナ禍で友達になりたいと思った人たちと、どう距離を縮めて良いのだろう。飲みに行くこともできないし、食事やお茶をするのだってかなり気を遣う。オンラインで話すというのもまだ抵抗がある。でも、この状況がもう少し長引くのであれば、仕方ないのかもしれない。


毎週今週末こそは

梅雨になり、当然雨が毎日のように降り、晴れ間を見つけては外の空気を吸っている。自然のあるところに行きたくて、実家に顔を出した際に近くの公園まで父親と歩いた。コロナ禍で、両親や兄弟、友人が今のところ無事であることはラッキーなことだ。まだまだ油断はできないのだけれど、やっぱり麻痺してしまっていて、畏れが弱まってしまっている。

最近、「ソロ活」という言葉を知った。これは最近の僕の課題になっている。行ってみたい場所があっても1人では行けない自分が嫌だ。1人で日本を飛び出して、英国に行ったことがあるというのに。常連ばかりの居酒屋に入りにくいのは仕方ないとして。なぜに、たった2、3時間かけて自然のあるところに行けないのか。毎週今週末こそはと思うけれど。

buna

Level 44-45


山形にいる友人から、誕生日のプレゼントとして米1kgなどが届いた。
「近所のスーパーで買えるやつだぞ」と照れ臭さくて余計なことを言い、
「気持ちを受け取ってくれ」と言わせる。


44-45

間違いなく僕の人生は折り返し地点を過ぎている。
焦りと諦めに負けず、後半戦を闘うことを決心する。
何かを犠牲にしなければならないこともあるだろう。

過去を誇りと自信にしつつ、
まだ、何もなし得ていない。
そう思って進む。

コロナ禍はまだ続きそうだけれど、
それでも僕に残された時間は日に日に減っている。
そして、収束後の未来、異国の地に行かなければならない。
僕の根無草人生は続く。
後悔の無いように生きなければ。

buna

What do you feel now?

自分の半分しか生きていないような年齢の友人たちと接することが多く、 説教じみたことを言ってしまい、後で少し反省をする。

理想は、相談されたら助言として伝えるスタンスなのだけど、 どうも言わないといられない。昔の自分を見ているかのようで、 黙っていられないのだ。

今何を感じているか

相変わらず、制作時間があまりないけれど、アイデアはあるので、 1時間でも時間があって、体力が残っていれば絵を描いている。 最近は、失敗したり、完成させることができなかった作品を切り貼りすることが多い。

前に進むには結局、壁を登るか、打破して行かなければならない。 もう少しで一つの壁を乗り越えれそうな、そんな状況であるし、 人との距離に敏感にもなり、ウイルスが漏れ出すイメージなど、 この新作は今の自分が感じているものが表出されているように思う。

buna

2020/2021

2020年、色んな意味で日常が激変した年だったけれど、個人的にはいい年だった。
ニューノーマルも悪いことばかりじゃない。

2022年までコロナが収束しないという予想もあるけれど、
だとしても、来年はもっと絵を描いて、DJを含めて音楽を楽しむ。
もちろん、仕事も。

では、良い年を。

buna

まだ言える

来年の経済が好調になるとは想像はできず、貧富の差の拡大も加速して、
日本でも経済的「勝ち組」「負け組」が更にはっきりしていくのではと悲観してしまう。
経済的に豊かであることが「勝ち組」になる条件ではないけれど、
ある程度、資本主義システムの中で生きるには、お金が必要になる。
その“ある程度”を確保することが難しかった時期が僕にもある。

芸術家として生きていけないなら、野垂れ死ねばいい。
そんな風に命をかけて生きてたこともあった。
当然、そんな甘い世界ではなくて、経験したことがないようなどん底に堕ちた。
海岸に打ち上げられたゴミに、自分を重ねて眺めた2017年の正月。
もうあの日たちを繰り返したくない。

あれから3年が経ち、その間にいくつかの職を転々として身体も壊した。
現在は運良く日本を代表する制作会社の一つで働いている。
やっとスタート地点に立ち、一歩一歩前進している。

これからどうなるのか、わからないけれど。
先が見えてしまうよりよっぽど良い。
まだ僕は言える「人生はこれからだ」と。

buna

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