QUEST FOR THE CENTREPIECE by buna

閃きと反復

もう2月も中旬、本当に時が過ぎるのが早い。
この三連休は1日は、同行する予定だった同僚が、
インド出張中にインフルにかかってしまい、
急遽、同志、志水君を道連れにした。

気がついたら、周りが音楽関係ばかりになっていたけれど、
去年から少しずつ再会し始めていて、そのうちの1人が志水則友氏だった。
東洋や日本文化の深いところを学び、挑戦している友人、仲間は貴重だ。

残りの二日は、正月以来帰れてなかった実家へ。
姪っ子にあげれてなかったお年玉をあげた。
いつもゲームばかりしていて、すっかり可愛げがなくなってきたけれど。
それでも可愛いものだ。

この子は結婚はまだか?などと言ってこないので、
助かっている。

それ以外は、延々と制作をしていた。
制作は、とうとうアトリエを飛び出して、
リビングにまでエリアが拡大している。
シルクスクリーンでのプリントはアトリエでやって、
リビングで切ったり貼ったりしている。

最近の作品は、感情でもなく、手先のテクニックでもないところで、
淡々と制作している。ほとんどがコンセプトがあるけれど、
思考に囚われたくない時もあり、何も考えず、
閃きと反復を同時に続けている。と言えば通じるのだろうか。

buna

2024


2023 @solfa Photo by hiro_Shirato

元旦から能登で地震が起こり、
正月気分もだいぶ薄まってしまったけれど、
幸運なことにあと1週間近く休みが続く。
いくつかの新年会をしつつ、制作を続けられる。
そして、読書と音楽。

こんな日常がずっと続けば良いのだけど。
能登周辺の人たちが1日でも早く、日常を取り戻せますように。

buna

Good by 2023


Mar. 2023 at Shibuya crossing


”12月は右下の隅にいる感覚”と
言って理解してくれる人はどれほどいるだろう。
元旦は“左上の隅にいる感覚”だ。

よくある12ヶ月カレンダーの影響だろう。


どこまで強めることができるか

今年も残り1日。
2023年はアートビジネスに再び挑戦することになった年。
そして、芸術家としても再度、本格的に制作をし始めた。
以前と違うのは、意識が内にだけ向かっていないこと。
アーティスト名を変えることを考えるくらいの大きな変化だ。

そして、個展まで半年。
今のところ、展示会のタイトルはIndra’s Net(インドラの綱)になる予定だ。
一人の人間の言動が周辺に与える影響だったり、
コロナや戦争の不安、分断、崩壊があり、
それらに対して、僕ら人間がどう向き合うか。

そんなことが込められた展示会にする予定だ。

前回の個展「深淵に浮かぶ月」(2019)は、
井戸の底の水面にうつる小さな月の光に希望を
感じようとするような内容だったけれど、
今の僕は井戸の中を除き込んではいない。

今の僕は、自分自身が光であると信じているし、
それを強くさせ、人に光を与えることが目的になっている。
これをどこまで強めることができるか。
それが2024年の抱負になるだろう。

buna

AUTECHRE

大事なアルバムを一つ追加。
制作する時によく聴いていたAUTEHREのこのアルバム。
彼らの凄さは、一つ一つの音とその音の置き場所が絶妙のギリギリのバランスを保っているからだ。
僕もそんな絵を目指したい。そんな絵も目指したい。

 

 

2023 BEST ALBUM

2023年、ベストアルバムというか、よく聴いていたアルバム。
自他共に意外なのが関西を拠点とする女子3ピースバンド、カネヨリマサル。
Drexciyaはこの年齢になってやっと理解できたテクノ。







このモードで


このモードで突っ走りたい

「お前の作品は日本ではカッコ良すぎる。
もっとダサいモノを差し込まないと」
そう、親愛なる先輩に言われたけど。
絶対にそんなことは意識的にはしない。

そんな僕はまだ、界を視野にコツコツと制作している。
日本国内では、小さなシーンで中途半端に指名度はある。
何か成し遂げたような言動はカッコ悪い。
謙虚な姿勢は大事だ。

ただ、世界を視野にしているもので、
趣味レベルでやっている人に優しくできないモードになっている。
少し反省しつつも、今は、このモードで突っ走りたい。

人との付き合いには、距離感が大切だ。
今は、同じレベルで話せるか、
もしくは、アートや音楽に関係ない人と会いたい。

でないと、嫌なやつになって、噛みついてしまう。

buna

宿っているか

 


宿っているか

新作が完成。新シリーズと呼べるものになるだろう。
構成主義と日本的精神性が融合を更に一歩、
またはそれ以上に進めれたような感触がある。

「宿すこと」を最も意識した。
人が拝みたくなるような何かを宿すこと。

そして、歪みとバランス。
失敗を失敗のままにせず、
それを有意義なものに変えること。

シルクスクリーンで制作しているので、
刷ってしまえば良いのだけど。

敢えて、刷ったものを一枚一枚切り貼りしている。
でなければ、機械的で味気ないものができてしまう。
そもそも、不器用なので、なかなかきれいに刷れないのだ。

このシリーズ、6月の展示会に展示する用に、
最低でもあと3枚は作成する。

ネクストレベルに到達した気でいる。

buna

新鮮な気持ちで

シルクスクリーンという自分にとって新鮮な技法を取り入れることで、
今までの自分のスタイルから抜け出した絵が生まれつつある。

デジタルで作っていた作品を、アナログに変換することで、
アナログならではの、何かが注入されたように感じる。

自分のデジタル作品の99%は元々、手書きの作品なので、
元に戻したことになる。

また、20年以上、和紙に描いてきたけれど、
パネルに水張りなどもしていないので、
どうしても皺ができてしまう。
通常、裏打ちをしてその皺を伸ばすのだけど、
コラージュもしているため、裏打ちはできず。

人様に見せるには、残念な状態だということになり、
今回からパネルにかくことにしたのだった。

なので、新鮮な気持ちで制作している。

buna

世界はこのまま壊れていくのか


暑さに耐えていたら、あっという間に冬が来てしまった。
充実はしているけれど、
6月にコロナを患って寝込んでから体力が更に落ちた気がしている。
そろそろ体力をつけることを真剣に考えないといけない。



世界はこのまま壊れていくのか。

ウクライナや中東で起きていることは、
どちらが正義なのか、自分には判断ができない。
ただただ、世界が更に壊れていくような感覚が増していてる。

同時に悲観的な思考が、
更に悲観的なものを引き寄せてしまいそうなので、
その壊れた感や危機感に乗り込まれないように気をつけている。

全ての情報をシャットダウンするということではなく、
むしろ例えば、イスラエル、パレスチナで起きている虐殺の情報に飛び込み、
そこに自分がいると想像する。

そして、そこにある恐怖と怒りと悲しみ。
匂いや口に土埃が入るところまで想像してみる。
僕らアーティストにはその想像力がある。

日本にいながらにして、「世界」を感じるには、
そこまで意識にする必要があるようだ。

先に書いたように、それでもダークサイドには落ちない。
ブライトサイトをできるだけ増やせるように意識したい。

こういう変化が最近の自分に起きたこと。

P.S
The Low Anthemのこのあたたかい曲をレコメンドしたい。

buna

何かの扉が開いた日

いつも僕にインスピレーションをくれる友人たちとの再会、
そして、現代の電子音楽にとって重要な存在の彼らと会えたことが、
その時間が退屈なわけはなく、今まで生き抜いてきた自分を褒めてやりたい。

8月17日
貴重な時間をここに記しておく。
いつか、振り返った時に、
何かの扉が開いた日、
もしくは開いたことをあらためて確認した日になるかもしれない。

buna

感動がない。

ギャラリーのオープンの準備もあり、
アーティストと話すことが増えている。
その影響もあり、制作を再開。

ただ、そう言い切れるのかは、
来週の今日になってみないとわからない。
何しろ、気分がのらない。
こうすればこうなる。
そして、どう描いてもいつか試した構図と色使い。
感触も既に経験済み、感動がない。

これをクリアするには、新しい何かが必要だし、
日常に感動がなければならないと思っている。

そろそろあれを試してみよう。

buna

ねぶた祭り

その理由を忘れるくらい、かなり前から見てみたかったねぶた祭り。
青森に転勤中の兄に、特別最前列を用意してもらった私と両親は、
2時間の間、ねぶた祭りを堪能した。

この無病息災を祈るための祭りは、諸説あるけれど、
中国から奈良時代に伝わった七夕祭りと、
津軽にあった精霊送り、人形、虫送りなどが融合し、
発展したものだという説が有力なようだ。

ダンスミュージックがそうであるように、
音楽と踊りは、人々の心を無心にして一つにする効果がある。
これが祭りであり、芸術の本質的な目的だという考えが更に強まった。

buna

それぞれがそれぞれの場所で闘っている


この暑さの中、外出する気にもならず、エアコンの効いた部屋で過ごす毎日。
夏らしいことは8月に計画中。


それぞれがそれぞれの場所で闘っている

ギャラリーを立ち上げることになり、アーティストを集める一方で、
その運営とアート業界の勉強をしている。
初めてのことなので何から始めて良いのか、手探り状態なので、
その道の経験のある方に話を聞かせてもらっている。

このギャラリーは、アーティストが制作を販売し、その販売利益で生活をし、
また制作に集中できるというエコシステムを作ることが目的の一つにある。
なので、売らないといけない。

これがどんなに難しいことなのかは、身をもって体験している。
「売ろうと思わなければ売れない」といつかある人が言っていた。
そんな中、運よく日本を代表するアーティストのスタジオの見学の機会に恵まれた。
そこで見たものは、工場だった。

工場や倉庫で働いた経験のある僕としては、新鮮さはなかったのだけれど。
「売れるものを作る」「売るために作る」という姿勢が大きく僕とは違かった。
純粋芸術がどうのと言うつもりはない。
それぞれがそれぞれの場所で闘っているだけだ。

その人も、数百人のアシスタントを24時間のシフトで働かせ、
毎日数百万近くの製作費が消えていく。
そんなプレッシャーの中で闘っているあの人を尊敬をする。
言ってみれば、僕らの日本人アーティストに希望を見せてくれている1人だ。
勝ち方や生き様を見せてくれている人だ。

続く

buna

【映画】Le choc du futur (The Shock of the Future)


コロナ禍を無事に乗り切ったと思っていたら、
第9波にやられてしまった。
オミクロン株でここまでしんどいのだから、
以前の株がどれほどしんどかったのだろう。


Le choc du futur(The Shock of the Future) 2019

倦怠感が酷く、音楽が聴きたくなかった。
これは本当に珍しいこと。

なので、大半の時間を映画やドラマを目を半開きで観ながら過ごした。
(残念ながらできる限り仕事もしなければならなかった)

陽性という検査結果が出てから9日後、
やっと目を全開で観ることができるようになり、
『The Shock of the Future』というフランス映画を観た。

1970年代後半のフランス、
新しい音楽の可能性を探る若き女性ミュージシャンが、
ある日、日本製の電子楽器に出会い、
理想のサウンドを見つけるという1日を描いた映画。

レトロなごっついシンセの前に
女性がいるという絵だけで電子音楽好きとしてはたまらない。
映画としてはとくにわかりやすい起承転結もない。
でも、フランスの文化水準の高さを感じることができる。
そして、クリエイティヴになれた映画だ。

buna

出会う場を

ギャラリーの立ち上げプロジェクトをしている。

アートをビジネスにする難しさ。
そして売るために作ることへの戸惑いが少しあるものの、
人が喜んで買ってくれることは悪いことじゃない。
料理人だって同じじゃないか。

アーティストと出会える場はどこにあるのだろう。
あなたと会えるのはどこですか?と聞かれたらなんと答えよう。
あそこに行けば会える。なんて場所はない。
あったとしても、話しかけられるのだろうか。

そもそも、人と人が出会うというのは、
ある種の奇跡なのに、なんとなく出会ってしまっている。

話が外れたけど、まずは自分自身が誰かと出会いやすくすることからだろう。

というわけで、色々なところに顔を出そうとしている。
しばらくは東京エリアになってしまうけど。

buna

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